2016年12月 1日 (木)

平成21年(2009年)5月26日 ブラック・ホールのダウンロード

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2016年11月29日 (火)

平成21年(2009年)5月26日 ブラック・ホール(続き)

平成21年(2009年)5月26日 ブラック・ホール(続き)

宇宙も一つの命なり。
生々(せいせい)流転(るてん)の妙(みょう)なれば、命は形を変えつつも、変わることなく生き続けむ。
古きものは新たまらむ。
意識の次元を高めつつ、進化の成就(じょうじゅ)に 貢献せむ。
宇宙意識は、神の愛。天地万物、全てを化育(かいく)し、全てに神の意識は宿れる。
神の意識の宿らぬはなし。
人の多くが、葬(ほうむ)りし、意識の奥底、御魂の記憶に、眠りし意識を 目覚ませよ。
高次の宇宙に、同調せよ。
物質次元は、まだ低し。物質次元の粗(あら)き波動に、御魂を曇らせ、鈍らすなかれ。
高き波動の御魂となりて、自(みずか)ら宇宙の浄化に寄与せよ。
宇宙の意識は呼び掛けむ。御魂の奥に眠れる意識に。
神の意識を呼び起こさむと、宇宙の意識は言霊となり、御魂に波動を 送るなり。
人にも次元は様々なれど、高き波動は広がらむ。
低き波動を凌駕(りょうが)して、必ず地上の波動を高めむ。
気づき目覚めし者たちは、己の波動をさらにも高めよ。
神の言霊、祈りの言霊、そを怠(おこた)らず、忘れずに、御魂の波動を 日々に高めよ。
そこそが、今の地球にとりて、最も急務の 救いとならむ。さにて。

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2016年11月19日 (土)

平成21年(2009年)5月26日 ブラック・ホール(続き)

平成21年(2009年)5月26日 ブラック・ホール(続き)

宇宙はさらに進化を遂(と)げて、地球次元の物質を超え、意識を高めていくほどに、物質次元を脱(だっ)するなり。
意識の次元が高まるを、霊性進化と呼ぶなれば、高き次元の霊性は、物質次元に縛(しば)られず、
神の意識と一体となり、宇宙の進化に同調す。
暗黒の穴は、宇宙の彼方、遥かに遠き 所にあらず。
宇宙を汚(けが)す 元なるものは、神の意識を 外(はず)れしものなれ、
神の意識を顧(かえり)みぬ、物質次元に惑わされし、低次の意識を高めむために、意識の一部を変える要あり。
物質次元の魂は、宇宙進化に遅れるままに、進化を妨(さまた)ぐ虞(おそれ)あれば、浄化のために、吸い込まれむ。
意識の低き魂は、物質次元のままなりて、やがては汚(けが)れとなるものなれば、浄化の仕組みが働かむ。
宇宙に無駄なるものはなし。無駄なるものは、浄化され、再生されて、甦(よみがえ)らむ。

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2016年11月16日 (水)

平成21年(2009年)5月26日 ブラック・ホール

平成21年(2009年)5月26日 ブラック・ホール

神から人へ、人から神へ。
遠き宇宙の 銀河の果ての、宇宙の始めに広がりし、全ての元なる根源は、今も遥かに広がりて、
宇宙全てに遍満(へんまん)し、この世を覆(おお)い、時空を超えて、物質次元にとどまらず。
神の意識が 形となり、物質次元に凝(こ)り固まりて、地球も星も太陽も、意識を表わす 一部なり。
なれば宇宙は 神の意識が、全てに宿れる 空間なり。
そこにて起こる 全ての事象は、神の意思をば 体現す。
宇宙の空間、その中に、突如(とつじょ)現わる 暗黒の穴。
そこには宇宙の発展に、役目を終えし 素粒子(そりゅうし)、光子(こうし)、不要となりし物質の元、
全てが穴に吸い込まれ、浄化の後(のち)に、再び 現わる。
宇宙の高き次元には、物の移動は自由自在。消えるに見えれど、さにあらず。
形を変えるも変幻自在。素粒子となり、光子(こうし)となり、新たな力を、息吹きを受けて、宇宙進化の源となる。

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2016年11月 8日 (火)

気仙沼だより(平成28年10月1,2日)(続き)

気仙沼だより(平成28年10月1,2日)(続き)

◎平成28102日(日)   

●気仙沼市 早馬神社さん

 早馬神社の例大祭の日。今日も空は真っ青に晴れ渡っています。

 四年前、初めて気仙沼に訪れたのが、この例大祭の日でした。震災から1年半経っていましたが、神社の周りは津波で流された家々の土台が雑草の陰に見え隠れしていたのを思い出します。

 今回、神社は新しい参道が整備されていました。周辺の駐車場は満杯です。鳥居の下を続々と参拝者が集ってきます。参道に並ぶ屋台の客引きの声も賑やかに飛び交います。境内では神輿と担ぎ手たちが、出発のときを今か今かと勇んで待っています。

 神楽殿の前では打囃子の太鼓の列が4列ほど。太鼓を打つのは、幼稚園児から中学生の生徒さんなど20人くらいでしょうか。

最前列の幼稚園の子供たちのかわいいこと!

後列の小中学生の少年少女の凛々しいこと!

息の合ったお囃子が、祭りの気分を盛り上げてくれます

 勇壮な打囃子に送られて神輿が出発。早馬山の麓まで町を練り歩きます。町といっても、津波で流されたところに家が再建されたわけではないので、300メートルくらいは雑草で覆われた空き地を両側に見ながら道を進みます。早馬山麓と、仮設住宅及び漁協の前の2箇所でご祈祷しました。

 神社に戻ったら、いよいよ海上神輿渡御です。宮司さん始め、神輿の担ぎ手一同、漁船に乗って唐桑半島を回ります。途中2箇所で下船し、ご祈祷を行います。

4年前、海上渡御に参加した漁船は6艘でした。今回は13艘です。震災前は30艘だったことを思うと、まだまだ寂しい渡御ではありますが、それでも漁船に乗り込む漁師さんたちの顔は晴れやかです。

 お神輿と宮司さんを乗せた漁船を先頭に、13艘の漁船が大漁旗を翻して、颯爽と沖に滑り出します。船上では演歌を大音声で流し、ビールや日本酒で大宴会。一心にご祈祷されている宮司さんを尻目にこんなに賑やかに騒いでいいのかなと気になります。

でもそこは宮司さんと漁師さんとの絆の強さ。宮司さんも漁師さんも、共に今日の幸いを喜び合っているのでしょう。私も漁師さんに誘われて、浮き浮き宴会に参加させてもらいました。取れたてのホヤもたくさんたくさんご馳走になりました!

満面の笑みの漁師さんたち。

引退された漁師さんも多いようです。若い頃は遠洋漁業の連続。1年半も家を空けていると、乳飲み子だった赤ちゃんも歩いたり話したりできるようになっています。「お父さん」ではなく「おじさん」と言われたそうです。

 茨城から来たと言うと、「唐桑はいいところだろう?」と誇らしげに顔がほころびます。

 お日様の眩い(まばゆい)日差しの中、海風に飛ばされないように缶ビールだけはしっかり手で押さえながらおしゃべりしていると、私も漁師さんたちの仲間にしてもらった気分です。

 

 漁師さんたちの笑顔は最高でした。

苦労の連続の半生。その晩年に襲ってきたあの大震災・・・。命の次に大切な漁船を失った漁師さんも少なくありません。想像もつかない悲しみや辛さだったことでしょう。

そんな苦労や悲しみ・辛さなど吹っ切るように、今この瞬間の生を祝う。

「いつまでも悲しんだり嘆いてなんかいられるか!」

そんな心の叫びが聞こえてくるようです。

 長年の風雪を耐え抜いた漁師さんたちの明るく輝く眩しい笑顔を、いつまでも胸の奥底に刻んでおきますね。

  

 

今回も岩手県職員S.Tさんには、夫とワンコ共々大変お世話になりました。

夕飯時にはいろいろ深いお話もできました。話すことで思いは共有され、共有することで、思いはさらに深くなっていきます。

 

本当にありがとうございました。

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2016年11月 6日 (日)

気仙沼だより(平成28年10月1,2日)

(事務局より)

本日は、ひふみともこ先生が先月、東北地方へ東日本大震災の慰霊にいらっしゃいました際の「気仙沼だより」をお送りいたします。

ひふみ先生が気仙沼へ慰霊に赴かれることになった経緯などは事務局のブログ

http://irohahihumi.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-e8c1.html

をご覧ください。

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気仙沼だより(平成281012日)

◎平成28101日(土)

 4ヶ月ぶりの気仙沼。今回は夫とワンコ2匹で参りました。この2週間ほどずっと雨模様だったので、秋晴れの空はことのほか高く爽やかに感じます。

●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館

 930分、階上公民館へ。管理人のK.Kさんが迎えてくださいます。

 秋は文化的な行事が多いせいでしょうか、公民館の利用者もいつもより多いようです。K.Kさんも、しょっちゅう席を立ちます。

 今回はK.Kさんが若かりし頃、神宮球場で野球をしたことがあることをお聞きしました。

小学校4年生のときから3年ほど東京に丁稚奉公に出たそうです。他にも何回か東京に働きに出たそうですが、当時の町の名前、路地の名前、駅の名前、人の名前。まるでつい最近まで何十年も住んでいたかのように細かく覚えていらっしゃいます。いつものことながら、記憶力のよさには舌を巻きます。

辛かったことや楽しかったことを話すとき、遥か遠くを見晴るかすようなK.Kさんの目を見ているのが大好きです。

●慰霊

 気仙沼市内2箇所(旭崎、大谷海岸)で慰霊をさせて頂きました。

 秋晴れの元、津波が襲ったことが嘘のような穏やかな海です。

(続きます)

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2016年11月 5日 (土)

平成21年(2009年)4月10日 歩行困難の意味のダウンロード

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2016年11月 3日 (木)

平成21年(2009年)4月10日 歩行困難の意味(続き)

平成21年(2009年)4月10日 歩行困難の意味(続き)

体の老いは 避けられぬもの。なれど 心の持ち方一つで、体は心に 従い 動かむ。
体の老いは 緩(ゆる)やかなれど、心の老いは 突然なり。
体の老いには敏(さと)けれど、心の老いには 疎(うと)かるもの。
先ずは 己の心の奥に、神の光を 取り入れるべし。
心に感謝の念あらば、神の光は 眩(まばゆ)く 照らさむ。
体の老いへの囚(とら)われは、心の自由を奪うもの。
体は 借り物、仮のもの。
神から 現世の生のため、現世の修行に 励むため、片時(かたとき) 貸されし 器なり。
生あるうちは、大切に、使える間は、充分 使えよ。
働き、動かし、役立ててこそ、天意(てんい)に応える 生ならむ。
人の体も 宇宙の一部。天の動きに背(そむ)かずに、地球と一つの命と悟らば、体は 天に 動かされむ。
人の心は自由なれども、真(まこと)の自由は、天意(てんい)に沿いて、神の心と一体なる時。
さにて、本日、歩行困難なることの意味を、神の視点より、説き示したり。
人知には不幸なることも、神の目からは 不幸にあらず。そをば 心に留めて置かれよ。さにて。

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2016年10月30日 (日)

平成21年(2009年)4月10日 歩行困難の意味(続き)

平成21年(2009年)4月10日 歩行困難の意味(続き)

心は体の動きと共に、囚(とら)われ、拘(こだわ)り、執着 離れ、自由の境地に 解き放たれむ。
歩くことの困難は、心の奥の 惑いの表われ。
心の束縛、蹂躙(じゅうりん)が、足に表われ、歩行を妨(さまた)ぐ。
迷いや悩み、心の疲れは、足の萎(な)えへと 表われむ。
悲しみ、怒り、恐れ、焦りは、心垢(しんく)となりて、淀(よど)みとならむ。
心の健康、充実は、心を動かし、気を遣(つか)うこと。
感謝と 謙虚と 希望と 忍耐。そを手に入れるが、生の意味。
歩けぬときにも、心を動かし、心の自由を 手に入れよ。
心をいかに動かすか。そこそは 人の自由ならむ。
心の自由を 使いこなさば、人には悩みも 惑いもなし。
体は心と共にあり。心が老いて 病むときに、体の老いも 始まらむ。
喜びに満ち、笑いを絶やさず、明るき未来を 描ける者は、体も軽く、伸びやかなり。

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2016年10月28日 (金)

平成21年(2009年)4月10日 歩行困難の意味

平成21年(2009年)4月10日 歩行困難の意味

神から人へ、人から神へ。
人の人生、一生は、短く 早く 過ぎるもの。
なれば人は 一日を、心をこめて、思いを高め、一時(ひととき)の間(ま)をも 逃(のが)さずに、己の持てる 全てをかける、さなる思いで 生きるべし。
さにて本日、何を問うや。
(ある方が、最近、著しく歩行困難になられました。その方にはまだまだご使命がおありかと存じます。歩行困難になられた原因と、どうすれば歩行の力が回復するかをお教えください。)
さても、この世に 生まれし者には、必ず老いあり、病あり。この世における役目を終わらば、やがてはあの世に戻り来て、
生ける間の清算と、御魂に残せる穢(けが)れを祓(はら)い、犯(おか)せし罪や あやまちを、神の前にて 詫びねばならぬ。
足には足の役割あり。人の体を支えつつ、体を動かし、移動して、心と体の動きを促(うなが)す。
心の循環、気の循環、体の細胞一つ一つが、滞(とどこお)ることなく、穢(けが)れを流し、常に清らに保てるように、人は足をば 使うべし。
歩くことには意味のあり。体の健康、それのみならず。体を動かす基本にて、心も共に動くもの。

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