2017年8月18日 (金)

平成24年(2012年)1月9日 信仰心(続き)

平成24年(2012年)1月9日 信仰心(続き)

ことばは神の光なり。己の祈りは神の声なり。
神の祈りを、御魂に聞かせ、御魂の光を取り戻せよ。
神の慈愛は掌中(しょうちゅう)にあり。伸ばさずとも、求めずとも、既(すで)に己に届けられたり。
信仰心は極(きわ)まりて、神の願いと調和せむ。
神の願いを言霊にせよ。神の祈りと相和(あいわ)せよ。
人の幸(さち)は、神と共にあること。神と共にあるを常に感知し、悟ること。
人は願えよ、真(まこと)の幸(さいわ)い、真(まこと)の栄光、真(まこと)の信仰。
浄土は己の心に在(あ)り。そに気づくのも信仰ならむ。
遠くに見ゆるは幻にて、徒労の旅を続けるなかれ。
心の浄土の標(しるべ)となるは、祈りの他(ほか)にあらざらむ。
己の祈りに導かれ、心の浄土に辿(たど)り着(つ)かれよ。さにて。

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2017年8月14日 (月)

平成24年(2012年)1月9日 信仰心(続き)

平成24年(2012年)1月9日 信仰心(続き)

讃(たた)えよ、唱(とな)えよ、神のみ名。人の心の根源に、つながる絆を確かめよ。
ほどけて離れる御魂の糸を、祈りの言葉で結び合わせよ。
求める心に、天は応(こた)えむ。示して明かさむ、宇宙の則(のり)を。
人は素直に従うのみ。逆(さか)らう生に、実り少なし。
心の浄化と成長により、肉体次元を超えしとき、高き御魂の世は顕(あら)われむ。
日々の祈りを重ねてゆけよ。心の糧(かて)なる祈りの声に、心も自(おの)ずと従わむ。
祈りあらば、日々穏やかなり。平(たい)らかなり。安らかなり。
祈りのことばを御魂に聞かせよ。御魂は喜び、波動を高めむ。
辛き時、苦しき時、悲しき時、迷いし時、光失いし御魂に聞かせよ。

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2017年8月10日 (木)

平成24年(2012年)1月9日 信仰心(続き)

平成24年(2012年)1月9日 信仰心(続き)

信仰心は、至高(しこう)の心。至誠(しせい)至純(しじゅん)の心なり。己の役と分(ぶ)を弁(わきま)え、その遂行(すいこう)に心を砕(くだ)く。
望みや願いは理に適(かな)い、天の道へと通じゆく。
さなる心を養えよ。祈りの日々にて育(はぐく)まれむ。
日々の短き祈りにて、蒔(ま)かれし種は 育(そだ)ちゆかむ。
一人ひとりの命の重さは、掛けがえもなき尊(とうと)きもの。
一つの命も輝けよ。神の光に照らされよ。
祈りのことばを湛(たた)える心に、神の光は溢(あふ)れゆかむ。
祝(いわ)えよ、謳(うた)えよ、感謝と喜び。言葉の波動は光を増さむ。
神の創りし自然万物、祝福されざるものはなし。
神の祈りと調和せば、自(おの)ずと心は 喜び満(み)てり。

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2017年8月 3日 (木)

平成24年(2012年)1月9日 信仰心

平成24年(2012年)1月9日 信仰心

神から人へ、人から神へ。
人の最も大切なるは、心底からの帰依(きえ)と献身(けんしん)。
人の力を超えしもの、人の力の及ばぬものに、謙虚に従い、委(ゆだ)ねる心。
さなる心の衰(おとろ)えて、失われゆくを憂(うれ)うるばかり。
人の人たる所以(ゆえん)とは、見えぬものにも頭(こうべ)を垂(た)れて、己の欠けたる能力、知力を、素直に認める心なり。
なれば今の世、人の世界は、見えるものしか信じず、認めず。
科学の力や技術を過信し、人の力で作れぬものを、次から次へと壊(こわ)し滅(ほろ)ぼす。
信仰心の欠けたるものは、獣(けだもの)よりも猛々(たけだけ)しく、及ぼす害は甚(はなは)だし。

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2017年7月30日 (日)

平成23年(2011年)4月12日 日本の復興のダウンロード

平成23年(2011年)4月12日 日本の復興 のダウンロードはこちらから↓

「2011.04.12.pdf」をダウンロード

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2017年7月24日 (月)

平成23年(2011年)4月12日 日本の復興(続き)

平成23年(2011年)4月12日 日本の復興(続き)

思いはことばの言霊となり、地上の森羅万象(しんらばんしょう)に、神の奇跡を発動させむ。
今衰(おとろ)えし 言霊を、祈りの力を 復活させよ。
血路(けつろ)は開かれ、救いは見えむ。
人の愚考は最も危(あや)うし。
神のみ声も、宇宙の則(のり)も、地球の思いも 知ることなく、同じ過(あやま)ち 繰り返さむ。
今こそ目覚めよ、気づけよ、動けよ。
今このときを失うなかれ。
神も宇宙も、地球を救わむ。人を守りて 救いたし。
神の切なる願いよ、届け。
気づきし人から、始めてゆけよ。やがては大きなうねりとなりて、人の全てが、目覚めを果たさむ。
最後の時の訪れるまで、神は待つのみ、祈るのみ。人が正しき答を返すを。

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2017年7月16日 (日)

平成23年(2011年)4月12日 日本の復興(続き)

平成23年(2011年)4月12日 日本の復興(続き)

日本の復活、復興は、地球の運命(さだめ)を示す縮図よ。
調和の世界を新生し、全てが一つの統一体。互いが互いを活かし合い、神を敬(うやま)い、自然を尊(とうと)ぶ、霊性高き世を築けるか。
既に地球に猶予はあらず。一触即発(いっしょくそくはつ)、瀕死(ひんし)の際(きわ)なり。
神の示せし警告を、未だ解せぬ愚昧(ぐまい)の民は、残すに足らぬ存在なれど、神の仕組みに差別なし。
地球浄化のためならば、一人ひとりの区別なし。
全ては同根(どうこん)同罪(どうざい)なり。
贖(あがな)う術(すべ)は ただひとつ。人のなすべきことをなすのみ。
人の命の根源なる、神の御魂を蘇(よみが)えらせよ。
汚(けが)せし御魂を浄め磨きて、元なる光を取り戻すべし。
古代(いにしえ)、神と共にあるとき、人の御魂は輝けり。奇跡を行い、病もなかりき。
今ある人の多くは病みて、心の闇も深からむ。
神への祈りは忘れられ、御魂を清める術(すべ)もなし。
人の尊(とうと)き言霊こそが、御魂浄化の技ならむ。
祈りに乗せよ、清き思いを。

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2017年7月13日 (木)

平成23年(2011年)4月12日 日本の復興

平成23年(2011年)4月12日 日本の復興

神から人へ、人から神へ。
人の心の汚(けが)れを落とし、御魂の昇華(しょうげ)、霊性向上、そのみが地球を救うよすがよ。
これまで穢(けが)せし人の心の、我欲と執着、傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)。
惧(おそ)れを知らぬ 神への冒瀆(ぼうとく)。自然を蹂躙(じゅうりん)、地球を虐待(ぎゃくたい)。
全ては人の心が招きし、結果の現れ、因果なり。
なれども今は最後の機会。
人が自(みずか)ら省(かえり)みて、己の招きし災厄(さいやく)を、真摯(しんし)に謙虚に悔い改めて、新たな世界の創造に、踏み出す勇気のありやなしや。
今日(こんにち)までの己の過(あやま)ち、その悔い改めが足りなくば、地球浄化を止めるあたわず。
日本一つの国のみの、罪科(つみとが)ならぬことなれど、全ては一蓮托生(いちれんたくしょう)の、同じ命を共にするもの。
我欲の心の蔓延(まんえん)し、行き着く先は破滅のみ。そが今立たされし、人の姿よ。
全てが整い、狂うことなく、命の循環 繰り返し、その繰り返しが進化を進める。
そが真理なり。宇宙の則(のり)なり。

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2017年7月 5日 (水)

気仙沼だより(続き)

気仙沼だより(続き)

◎平成29年6月11日(日)
●気仙沼市 大島への橋
 気仙沼市と大島を結ぶ橋を見学させて頂きました。これでずいぶん島の生活も便利になるのでしょうね。開通までには道路の建設などがまだ残っていますが、完成したら是非橋を渡って大島に行ってみたいです。
 

●気仙沼市 早馬神社さん
 午前中、正式参拝をさせて頂きました。
 参道の脇に、小さな平屋の建物を建築中でした。梶原忠利宮司様の叔母様である詩人梶原しげよ様のギャラリーで、その作品を展示されるそうです。落成式は今年の9月16日だとのこと。
 次回参拝するときに見学できますね。楽しみです。

http://hayama.jinja.jp/html/kajiwara%20shigeyo.html 

●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館
午後はK.Kさんのところに遊びに行きました。お弁当を買っていったら、K.Kさんも用意してくださっていました。いつものことながら、K.Kさんの楽しいお話を聞かせて頂きました。
 

今回も岩手県職員S.Tさんには大変お世話になりました。ありがとうございました。 

 これまでは町の変貌(嵩上げやそれに伴う山の切り崩し、防潮堤による景観の破壊、無機質な災害公営住宅の林立など)を嘆いてきた私ですが、考えてみればそれはよそ者の勝手な感想なのだと気がつきました。
 そこに暮らす方たちこそ主役なのです。住みやすく、いつかは帰ってきたいと思えるような町を再建していかれることを祈るばかりです。

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2017年6月30日 (金)

気仙沼だより(続き)

気仙沼だより(続き)

◎平成29年6月10日(土)
●陸前高田市・大船渡市見学と慰霊
 市内の防潮堤建設も進み、市内から海を見るためには少し高台に行かないと見えません。海沿いの2箇所で慰霊させて頂きました。

 陸前高田市には「アバッセたかた」、大船渡市には「キャッセン大船渡」というショッピング・モールができ、広い駐車場には何台も車が停められていました。どちらにも大手のチェーン店がテナントとして入っているようです。地元の方たちのお店は何件くらい入っているのでしょうか。
 ようやく買い物の楽しみが戻ってきたなら喜ばしいことです。一方で、震災前の町並みを懐かしむ方たちの声も聞きます。
でも数十年後には、この町を故郷として懐かしむ人たちの時代が来るのですね。
温もりのある町になってくださいますように。

●陸前高田市 O.Fさん宅
 約2年ぶりにO.Fさん宅に訪問させて頂きました。O.F.さんは、今まで拝見したことがないくらい、明るく生き生きされていました。
竹駒地区の仮設住宅の住民もほぼ全員、災害公営住宅に移られたとか。
 仮設住宅で一緒だった仲間たちが時々O.Fさんのお宅に遊びに来られるそうです。でも、その仲間たちは決して自分たちの新しい住居に来いとは言ってくれないし、住所さえ教えてくれないのだそうです。災害公営住宅では誰も表札を出していないとか。防犯のためというのではなく、別の理由があるようです。
 一緒に困難苦難を乗り越え、支え合って、本当の仲間だと思っていた人たちが、震災後、何故か急速によそよそしくなっていく…。その変化の理由がO.Fさんには思い当たりません。
 「私だって被災者なんだよ…」気丈なO.Fさんが目頭を押さえます。
共に助け合い、腹を割って話し合ってきたと思っていたけれど、心の中には、何か屈折した思いがあったのかもしれません。
当時は助け合わなければ生きていけないからと我慢し、抑え込み、溜め込んでいた思いが、抑えこむ必要がなくなった途端、一気に噴き出してきたのかもしれません。
 相手のためを思ってしたことも、相手にとっては負担になっていたり、有り難迷惑に思われていたこともあったのかもしれません。
 震災は人の心に様々な傷を残しました。その傷が完全に癒える日は来ないのかもしれません。

 仲間のことで涙ぐまれたO.Fさんですが、はっきり仰いました。
「私は今、とても幸せです」
 それは、聞いてくれる人、教えてくれる人、感謝してくれる人がいらしたからだと仰います。人との出会いは、自分で作り出していくものだとも。
 
「娘になってくださいね」O.Fさんに初めて言って頂いた言葉でした。
 帰り際、畑でできた新鮮なお野菜と、特産の椿油を頂きました。
 本当に、本当に、ありがとうございました。

●居酒屋 里さん
 夜は、気仙沼市内に数箇所しか残っていない仮設商店街のうちの1つ「酒場 里」さんへ。
こちらに訪れるのは3回目でしょうか。
 和服の女将さんが明るく迎えてくださいます。お店も満席です。
震災後はご主人と2人で切り盛りされているそうです。あまり無理をせず、時に温泉などに入って身体を休めたりしながら経営されているとのこと。お店も来年10月までだそうです。
それまでにはまた何回かお邪魔させていただきます!どうぞお元気で。

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