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2014年12月

2014年12月31日 (水)

平成17年3月13日分、29日分のダウンロード 

(事務局より)

本年もいろいろとお世話になり、ありがとうございました。
来る平成27年が皆様に良きお年となりますようお祈り申し上げます。

平成17年(2005年)3月13日  九州の神社参拝の旅の前に
平成17年(2005年)年3月29日 九州の地震について

のダウンロードはこちらから↓

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2014年12月30日 (火)

平成17年3月29日 九州の地震について

平成17年(2005年)年3月29日 九州の地震について

神から人へ。人から神へ。
多くの犠牲も 人の死も、次なる夜明けの その前の、光の前の暗闇なり。

本日そなたの問いの意味は、そなたも十二分に承知せるもの。なれどもさらに、意味問いたくば、そなたも己に問いかけてみよ、
地震も津波も 災害全ては、地球の危機と警告なり。
人の傲慢、勝手の都合、とどまることなき、飽くなき欲望。
足ること知らず、持つこと気付かず。ただ深めるのみの 不平不満よ。
他への不服にあふれしことばを、
満たさることなき 飢えし思いを、
内にこもりて 凍(い)てつきぬる 孤独の心を 解き放たん。
人類始めの 原初のときより、人は己の我(が)と闘い、我(が)に打ち破れ、朽(く)ち果てぬるを。
太古の頃より 変わらぬ人類。進歩も進化も 微塵(みじん)もなかるを。
なれども今日(きょう)こそ、新たに変わらん。新たに目覚め、甦らん。
孤独の思いを 終わらせよ。
個々に分かたれ、断たれし絆を、ほどけし縁を、つなぎ合わせよ。
散らばり離れる 無数の御霊(みたま)を、見えぬ糸にて 結び合わせよ。
今このときの 瞬間を、逃さず捉えて、一つとなれよ。
まとまる命の 光の円を、広げ 開きて、さらにも輝け。
さにて本日、そなたの問いに 答えを示さん。
九州地震の意味するものは、神の願いの始まりのとき。成就に向けて動き出す、働き始めの 合図なり。
これまで仕掛けし 準備も整い、今早や実現、実行のとき。
合図を待ちし 無数の御霊の、活動開始の号砲(ごうほう)ならん。
さなれば今日は 始めの一日。今日より始まり、明日に終わらん。
時は急がれ、待つことなし。遅れるものは取り残されん。
時代の流れに流されず、時代の流れを作る者なれ。
さにて本日、九州地震は明らかならん。太古の昔、神の降り立ち、日本を治(おさ)めし始めの地にて、これから最後の仕上げの始まり。
ここより始まり、広がりゆかん。地球をおおいて この地に戻らん。
さなる時の訪れまでの、しばしの時間を つつがなかれよ。
人には止め得ぬ 時代の渦に、身をば任せて 健やかなれよ。
逆らい溺れて 沈まぬように、神のご意図を読み取れよ。
信じず 否定し、蔑(さげす)む者は、次に残るに難しき者。
素直に求め、委(ゆだ)ねる者こそ、神の導く明日を迎えん。

さにて本日、伝えることの真(まこと)の真意を、裏も表も よく考え、これから後(のち)に活かして生きよ。
人生長くも百年足らず。いかに生きるか、生き方にあり。
目先の不安や不幸に脅え(おびえ)ず、神に恥じなき生を選べよ。さにて。

(事務局注釈)
本文の中の地震とは平成17年3月20日に福岡県北西沖の玄界灘で発生した最大震度6弱の「福岡県西方沖地震」の事です。
詳細はこちらからどうぞ。↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E8%A5%BF%E6%96%B9%E6%B2%96%E5%9C%B0%E9%9C%87

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2014年12月29日 (月)

平成17年3月13日 九州の神社参拝の旅の前に

平成17年(2005年)3月13日  九州の神社参拝の旅の前に

神から人へ、人から神へ。
互いの交信交流も、今このときの、一瞬の、すぐに消え行く 幻ならず。
さらに高めて、まだこれからの、終わらぬみ役を それぞれに、
充分果たして 戻るまで、互いの信頼 和を強め、
過ぎ行く歳月(としつき)、迎える日月(ひつき)、さらにも苦難、困難の日を、恐れることなく 越え行くように、
この世に生まれ、出会いし縁を、さらにも尊(とうと)び、感謝を捧(ささ)げよ。
さても畏(かしこ)き前世の因縁、遥(はる)かの昔の太古(たいこ)より、この世に現れ、命を授(さず)かり、
神の定めし 流れに沿いて、この世に神の映(うつ)し世を、たがうことなく立てるよう、
神の導き、教えに従い、今日(こんにち)までの 精進の日々。
これから後の 成就(じょうじゅ)の時まで、たゆむことなく 歩みを続けよ。
一足(ひとあし)進め、地を固め、次なる一歩を踏み出せよ。
先は遥かの 長き道のり。遠くたなびく 陽炎(かげろう)の如(ごと)。
なれど必ず 願いは結び、神の幸(さきわ)う世とならん。

さにて 本日、めでたき日なり。人の集(つど)いて、祈りを高め、思いを強める嬉しき日なり。
神の祈りと 人の祈りの、共に高まり、広がりゆかん。
さらにも辛(つら)き 日のありても、変わらぬ思いを 祈りを捧げ、神への献身、奉仕に生きよ。
この世に生まれし 命の意味を、交(か)わせし約(やく)を、思い起こせよ。
神世(かみよ)の昔の、始まりのとき、この世に生まれし、初めのときに、思いを馳(は)せよ、心を向けよ。

さにて本日、古き歴史の、創世(そうせい)の地に、思いの高き 人の挙(こぞ)りて、
与えし教えを よく行い、伝えし祈りを よく守るを、
天も喜び、見守らん。
これから後の 精進の日々、神から離れず、神と歩めよ。
神も喜び、共に祝わん。人の誠の 命の旅を。
さにて。

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2014年12月12日 (金)

2005年3月6日 名取市の神社建立一周年の日のダウンロード

2005年3月6日「名取市の神社建立一周年の日」のダウンロードはこちらから↓

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2014年12月11日 (木)

2005年3月6日 名取市の神社建立一周年の日(続き)

2005年3月6日 (続き)

さても本日、めでたき日なり。この日を迎えし 人の努力を、人の誠を尊(とうと)ばん。
あまたの困難、苦労を重ね、遠き旅路を 越えし年月(としつき)。
明日(あす)にも続く 旅なれど、命を込めて 道を進めよ。
神の光の輝ける、新しき世を、築いてゆけよ。神の望みを、叶えてゆけよ。
永き年月(ねんげつ)、神も待ち、人と苦労を共にせし、過去の永さに 思いを馳(は)せよ。

さても本日、人の労苦と清き思いを、ねぎらい 祝い、祝福とせん。
思いも新たに これから後も、骨身を惜しまぬ 霊行積めよ。
遠く見えども 明日(あした)は近し。
暗く見えども 光は満(み)てり。
神を信じる思いの者は、恐るるものの 何もなし。
神の世界は、全てが現実。叶わぬ夢の 一つもなし。
さにて本日、神社建立一周年を祝い、神への信をさらにも高め、さらなる貢献、奉仕を祈らん。さにて。

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2014年12月 9日 (火)

2005年3月6日 名取市の神社建立一周年の日

2005年3月6日 名取市の神社建立一周年の日

神から人へ、人から神へ。
人類互いの調和と協和。全てはそこに願いをこめて、今の人世(ひとよ)の混乱を、早くに正して 元に戻せよ。
さにて本日、神社建立(こんりゅう)一周年。めでたき日なり。嬉しき日なり。
神の願いの実現に、人の思いの高まりて、人の力の集まりて、早くにこの世に神の世を、写し現す、始めの一日。
全てはここより始まりて、ここより巡(めぐ)りて,ここに帰らん。
ここに集(つど)える多くの神々、願いの一つにまとまりて、さらにも大きな力となりて、この世を動かし、明日(あす)を作らん。
未来世界の始まりに、この日を祝いて、願いを託さん。

何ゆえ今日(きょう)を迎えしか。何ゆえ今日(きょう)の 命を得(え)しか。
神の心の体現を、神の世界の写(うつ)し世(よ)を、現実世界に現して、物質世界を改めて、さらにも高き高次の世界を、地上の世界を変えんがためなり。
なれば人も遅れずに、神の速さで地上を巡り、神の力で働けよ。
神の世界は遥かにあらず。彼方(かなた)の霞(かすみ)や雲ならず。
今にも届く、目の前の、今一日の、明日(あした)の世なり。
今一日を、今日(きょう)の日を、たゆまず歩み、営めよ。
諦め、望みを捨てることなく、神の託せし み役を担(にな)い、あの世に帰るその日まで、己のみ役を 充分果たせよ。
まだこれからが始まりの、今より始まる 立て替え直し。
まだし残せし 役は重きぞ。さらにも辛き 日を耐えよ。
なれど明日(あした)は 未来にあらず。既に定まり、訪(おとず)れり。
人は気付かず、見えずとも、既に明日(あした)を、明るき御世(みよ)を、生きて歩みを 始めしを。

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2014年12月 8日 (月)

2005年1月8日 これからの勉強会の仕方についてのダウンロード

2005年1月8日 これからの勉強会の仕方についてのダウンロードはこちらから↓

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2014年12月 7日 (日)

2005年1月8日 これからの勉強会の仕方について

2005年1月8日 これからの勉強会の仕方について

神から人へ、人から神へ。
神から人への願いをこめて、一人一人に、全てを託して、広がりめぐるを祈り待つのみ。
人の改心・向上のため、一人も多くの浄化のために、日々に祈りを繰り返さん。欠かさぬ祈りの、精進奉仕。
さにて本日、何を問いたし。

(これからの勉強会の行い方についてお教えください。)

さても多くの役割を持ち、さらに多くの役目を担う、責任重き会とならん。
なれば人の一人一人が、何のためなる勉強なるか。何を求めて集うのか。意識を持ちて己に問い、神の意に沿い生きる意味、この世を生かさる許しの意味を、深く心に、胸に刻めよ。
やり方、進行、順序は問わぬ。ただに意識を、魂を、ことばを高め、清めることのみ。
己の穢れし執着を、己を縛る世俗の雑事を、一つ一つを解き放ち、元の自由な無垢なる御魂に、戻し返すを心がけるのみ。
ことばの祈りも大切なり。声にて合わせ、唱え高めよ。己の曇りを祓うよう、ことばの音霊(おとだま)、言霊を、鈴の音(ね)鳴りて響くよう、玲瓏(れいろう)として涼やかに、翳り(かげり)の奥にも渡るよう、意識を正して唱和せよ。
さなりて人の魂も、曇りを消して輝き増さん。

さにて本日、年頭の会の心得として、根本なるを示したり。
人の意識の高まりが、我欲に染まらぬ無欲の祈りが、最も強く求めらるべし。
さにて本日、これから後も、会を通じて意識を高め、無垢なる御魂に磨きてゆかれよ。さにて。

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2014年12月 6日 (土)

2005年1月7日 インドネシア・スマトラ沖の津波のダウンロード

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2014年12月 5日 (金)

2004年12月31日 大晦日のダウンロード

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2014年12月 4日 (木)

2005年1月7日 インドネシア・スマトラ沖の津波

2005年1月7日   インドネシア・スマトラ沖の津波

神から人へ、人から神へ。多くの人の血を流し、涙と汗と悲しみ流し、さにてこの世は変わりゆかん。必ずよきかた、めでたきかたへと、移り変わりて高まりゆかん。なれば人は危ぶむことなく、神の仕組みをただに信じて、必ず訪る(おとずる)次なる世をば、信じ、祈りて世を越えよ。
さにて本日何を問うや。

(新しい一年が始まります。できましたら年初のおことばをいただけないでしょうか。特に昨年末、インドネシア・スリランカで大津波により十五万人の方が亡くなりました。そのことの意味をお教えください。)

さても多くの命を捧げ、人の犠牲も甚大なれど、そは皆無駄なる死にあらず。
この世の地上を一掃し、清めるための働きなれば、人の死さえも無駄ならず。あの世に戻りて、別なる道を、新たな行を与えられなん。
この世の死をば悲しむなかれ。悼み(いたみ)惜しむは人の情(じょう)。なれどまことの悲しみならず。この世の情は浮世の情。移り変わりて、色褪せるもの。
まことの悲しみ、涸れぬ涙は、人の御霊を汚し貶め(おとしめ)、神に暴言、悪口(あっこう)並べ、さにても恥じぬ人の生なり。
人の死さえも軽きもの。御霊を汚す所業に比べば、死も救いなり、温情なり。
神の悲しみ、怒りの素は、人が己の御霊を汚し、己の曇りを打ち忘れ、さても惰眠に日々を費やし、富を貪り(むさぼり)、欲に耽りて(ふけりて)、魂、心を打ち捨てし生。
この世に生まれし幸いを、この世を生きる恵みを忘れ、かえりて不平不満を募らす、さなるこの世の生を嘆かん。
信じる者は富める者。喜び感謝す心は栄えん。
神の導き、示す方向、道を歩むは幸いなり。疑い迷わず、一筋に、踏み外さずに、ただひたすらの、捧げる命、尽くす真心。
神に己の誠を捧げ、縁を喜ぶ素直き魂。
今のこの世に求めらるるは、さなる真白き、無垢なる魂。
神も求め、出会いたし。神も進みて縁を結ばん。自ら示す厚き誠の、尊く清き 純なる御霊を。
今のこの世に稀なれど、必ず神を手伝いて、神を助ける健気(けなげ)なる者。

去年(こぞ)も今年も変わることなし。神の願いは神代より、この世に神の国を立てん。この世に神の世を映さんと。
その時までの永き年月、共に歩まる命よ、集えよ。
縁を結べよ、輪(和)を広げよ。
祈りを宣れよ(のれよ)、高まれよ。
神の願いの一つなりとも、人の祈りで、精進で、神に届けて、実現させよ。
さなりて神はさらにも喜び、人の栄えを幸いを、永久(とわ)に叶えて、守り助けん。さにて。

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2014年12月 3日 (水)

気仙沼だより(28)続き

◎平成26年11月3日

●気仙沼市 杉ノ下地区
最初に杉の下地区を訪れました。93名の方が犠牲になられた地区です。亡くなられた方のご遺族でしょうか。3~4家族が献花していらっしゃいました。語り部として5~6名の方たちに説明されている方もいらっしゃいます。
この犠牲を、震災を、風化させてはならない・・・。
私たち日本人全体の責務です。

●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館
 9時半過ぎ、階上公民館のK.Kさんのところにお邪魔し、K.Kさんの楽しいお話を伺いました。奥様が作って下さったおむすびも頂きました。とてもおいしかったです。
 10時半ごろ、さんまのつみれ汁をご馳走したいと、調理室へ。材料もすべて整い、さんまも細かく叩いてあります。後は野菜を刻むだけ。私も頑張りました。主婦の腕の見せどころ?
 おいしいつみれ汁でした。すっかり暖まりました。
 学生たちが、また自作のコントや合唱を披露します。
 「楽しいなあ」
 K.Kさんが目を細めます。
私や学生たちには想像もつかないような苦労をされてきたK.Kさん。
戦前・戦中・戦後を、孤児として生き抜いてこられました。
無線通信士として遠洋漁業の船に乗り、家族には2年に1度しか会えない生活を送ってきた40年の日々・・・。
 「いいなあ、俺にはこんな時代、なかったなあ」
学生たちの明るくのびやかで屈託のない無邪気な顔を、愛(いと)しそうに、まぶしそうに 眺めます。
目の前の学生たちの姿に、10代・20代のころのご自分の姿を重ねていらっしゃるのでしょうか。その視線は穏やかで静かで、温かい光を宿していました。 
K.Kさんとの別れを惜しみながら、階上公民館を後にしました。

●気仙沼市 大谷海岸 ラーメン屋さん
お昼は、前回7月も学生たちと訪れたラーメン屋さんへ。ご主人は相変わらず優しい口調です。出汁の効いたおいしいラーメンを頂きました。
何もできないけれど、なかなか食べに来られないけれど、心から応援しています!

●気仙沼市 早馬神社
 最後は早馬神社さんです。正式参拝の後、梶原壮市禰宜さんが津波の映像を見せてくださりながら、当時のことをいろいろお話しくださいました。学生たちも積極的に質問します。やはり体験者のお話は胸を打ちます。
 学生たちとはここでお別れです。

●気仙沼市 気仙沼港内湾
 一か所だけ、港の一角で慰霊をさせて頂きました。日が短くなっていて、暗い中での慰霊でした。
イカ釣り漁船でしょうか。これから出港するような漁船が何隻も停泊しています。
 震災から3年半経ちます。
少しずつだけれど、震災前の生活が取り戻されつつあります。

夕方、一ノ関への道はすっかり暗くなっていました。
今回も2日間の日程を綿密に組み、調整をしてくださったS.Tさん、ありがとうございました。

(気仙沼だより(28)のダウンロードはこちらから↓)

「kesennuma_28_201411.pdf」をダウンロード

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2014年12月 2日 (火)

気仙沼だより(28)

本日はこれまでひふみのつどい事務局のホームページに掲載しておりました「気仙沼だより」をお届けさせていただきます。(本日と明日の2回に分けて掲載いたします。)

3・11の震災後、「生き残った人たちがさまざまな悲しみから立ち直り、前向きに進んでゆく事が亡くなった魂の願いである。亡くなった人たちに対して祈るだけではなく、生きている人たちの魂を慰めることも『慰霊』である。」という神様のお言葉に基づき、ほぼ毎月気仙沼をご訪問されております。

このあたりの経緯はこちら↓をご覧ください。
http://irohahihumi.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-e8c1.html

(以上 事務局記)

気仙沼の報告(28)

◎平成26年11月2日 
今日はとてもいい天気で暖かです。この連休は天気が悪いという予報だったのに。
今回も、7月同様学生たちが参加します。
気仙沼駅前で、岩手県職員S.Tさん及び学生たちと合流。いろいろな大学から7名が集まってくれました。うち2名は7月にも参加してくれた学生です。
午前中はS.Tさんが被災状況を学生たちに説明してくださいます。午後は陸前高田のO.Fさん宅で、近くの仮設に住んでいらっしゃる方たちとの交流会があります。学生たちも張り切っている様子です。

●気仙沼市 魚市場
 魚市場の建物で、S.Tさんが津波の状況を説明します。同じ場所から津波の様子を撮影したDVDの映像は、まさにここで震災の時に津波が襲ってきたんだという臨場感があり、その緊迫した様子が伝わってきます。目の前の穏やかで真っ青な今日の海が、震災当日はどす黒い水の壁と化して内湾の奥まで流れ込んでいったのです。あちこちで石油タンクが爆発し、火の付いた漁船が内湾・外湾を木の葉のように漂います。撮影している方の呻きとも叫びともつかない声が映像と共に聞こえます。
固唾をのんで見守る学生たち。
魚市場には、荷を積む漁船が繋留しています。3年半前のことがまるで悪夢でしかなかったような今の魚市場。でも魚市場の周囲には、まだまだたくさんの震災の爪痕が生々しく残されています。

●陸前高田市 嵩上げの進む市内
 陸前高田に移動します。そこここにうず高く積まれていた瓦礫の山は姿を消し、代わりに嵩上されたピラミッド型の盛り土が市内に点在します。
もう一つ目を引くのが、山から市内に伸びる銀色に光るベルトコンベアです。山を切り崩し、その土をベルトコンベアで市内に運び込んでいるそうです。全長3キロメートルに及ぶベルトコンベアのおかげで、作業のスピードは3倍以上になったとか。
山を切り崩すことによる環境や生態系への影響はないのか。
嵩上げした土地に何を建てるのか。
市内に住んでいた方たちはどこに住むことになるのか。
嵩上げしたからと言って、どれだけ津波の害を防ぐことができるのか。
素人ながら、様々な疑問が頭をよぎります。

●陸前高田市 公営住宅
 海から1キロメートルくらい奥まったところに6階建ての災害公営住宅が2棟建っています。ベランダに洗濯物がはためいているお宅もあります。
ようやく取り戻した平穏な生活・・・。
震災の傷はもう癒えたのでしょうか。
家族に笑顔は戻ったのでしょうか。
そうであることを祈るばかりです。

●陸前高田市 O.Fさん宅
 午後はO.Fさんのお宅にお邪魔しました。O.Fさんは、震災前に住んでいらした土地に今年の5月ごろ、2階建ての家を建てられました。その建物で訪問リハビリを開始されたそうです。
午後2時過ぎに仮設の方たち3名が集まってくださいました。学生たちも3つに分かれて、仮設の方のお話を伺います。
私もそのうちのお一人のお話を伺うことができました。S.Mさん。70代の女性です。とても小柄でかわいらしい方です。
津波でご主人を亡くされ、避難所で5カ月ほど生活されたそうです。その当時は傍の人も声をかけられないような顔をしていたと、後から娘さんに言われたそうです。
立ち直るきっかけになったのは、O.Fさんが畑仕事に誘ってくれたことでした。初めは気が進まなかったけれど、ちょっとだけ花を植え始め、やがて野菜を育てるようになり、今では毎日のように畑に出て草取りをしているそうです。
知り合いも増えました。
最近は仮設住宅の一角で開かれるボランティアによる英会話教室に通うのが楽しみと顔をほころばせます。
「70歳過ぎて、初めて習ったの。皆には内緒だけど。」
「英語の歌も 3曲くらい歌えるの」
 恥ずかしそうに、嬉しそうに、そしてちょっといたずらっぽい笑みがこぼれます。

 夕方、O.Fさん宅の2階で、学生たちが自作のコントや合唱を披露します。
演じるほうも見るほうも、ひとつになって無邪気に笑い、思い切り拍手しました。部屋にこもる熱気で窓ガラスも曇ります。
 最後は集合写真。皆が銘々のカメラで撮ってもらいたがるので、なかなか終わりません。
名残りの尽きぬままに、仮設住宅は夜のとばりに包まれていきます。

●気仙沼市 仮設商店街
 夜は「はまらん家」へ。S.Tさんが予約を入れておいてくださいました。10人も座ればいっぱいになってしまう店内です。
ママも学生向けに、鶏のから揚げ、はまらん焼き(お好み焼きみたいな物)、卵焼きなど、次々に出してくださいます。学生たちも負けじと食べます。
今日一日の充実感に、学生たちも一段と元気いっぱい。
大いに盛り上がった夜でした。


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2014年12月 1日 (月)

2004年12月31日 大晦日

2004年12月31日

神から人へ、人から神へ。
この世の騒乱(そうらん) 擾乱(じょうらん)も、一つの禊(みそぎ)、一つの浄化。
なれば人は耐えて忍びて、明るき明日を心に描き、屈することなく伸びやかに、曇りを祓いて(はらいて)晴れやかに、澄み渡りたる透明の、無垢なる境地に自ら立ちて、遠く彼方にかすみたる、未来世界を我がものとせよ。
明日の世界は誰にも知れぬ、不安無常の世にあらず。
既に定まり、決められたる、動かぬ仕組みの延長にあり。
なれば人は恐れることなく、ただ一筋の糸に引かれて、導く者の指し示す、未来世界を信ずるほかなし。
あまたの困難 苦労はあれど、越えねば進めぬ試練と知れよ。
目先の利益や快楽に、陶酔(とうすい)眩惑(げんわく)、現(うつつ)を失い、身を過つも哀れな衆生よ。
なれば目覚めて先を行く者、気づきて未来を知る者は、迷える衆生の目となりて、手を引き、杖とも支えとなりて、これから後の次なる世まで、水先案内、先導せよ。
明日の世界は遥かに遠く、たなびく陽炎(かげろう)、霧の如(ごと)。
握れどこぼるる砂の如(ごと)。すくえど流るる水の如(ごと)。
空しきものに見えるとも、そは表面の弱さなり。
枯れて散り行く花や葉は、儚きものの象徴なれど、真(まこと)の命のたくましさ、永久(とわ)につながる命と知らば、何をはかなむことのあらん。
人の世界も皆つながりて、過去も未来も一つの流れ。
地上に生きる全ての命も、一つの全き(まったき)統一体。
地上世界の一つ一つ、起こる事変に意味を読め。神の定めし進化の道を、宇宙の意図を解きて明かせよ。
永く暗き夜も明けゆかん。
人の全てが進化の過程を、順序に沿いて進むほかなし。
止まるも戻るも許されぬ。厳しき宇宙の仕組みと知るべし。
時に悲惨の時代もあらん。紛糾 困窮 極限の、救いも見えぬ時もあらん。
なれど全てを神に照らし、宇宙の法則、真理に求めば、恐れることの露ほどもなし。
人の心に勇気と英知を。進化の過程で身に付けよ。
全ての源、根源に、神のご意図を読み取らば、人は自ずと成長し、さらに大きな魂を、さらに賢き魂を、育て、育み(はぐくみ)、進化せん。
さなるまでの道の遠さよ。
なれど神は諦めず。宇宙の星の一つ一つが、必ず共に進化して、次元を上げる経綸を、狂うことなく進め行くのみ。

さにて本日、暮れ行く年の終わりにて、今年のまとめと、締めくくりとせん。
明け来る年にも迷うことなく、地に足をつけ精進するべし。それのみ祈る神の愛なり。さにて。

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