« 気仙沼だより(28) | トップページ | 2005年1月7日 インドネシア・スマトラ沖の津波 »

2014年12月 3日 (水)

気仙沼だより(28)続き

◎平成26年11月3日

●気仙沼市 杉ノ下地区
最初に杉の下地区を訪れました。93名の方が犠牲になられた地区です。亡くなられた方のご遺族でしょうか。3~4家族が献花していらっしゃいました。語り部として5~6名の方たちに説明されている方もいらっしゃいます。
この犠牲を、震災を、風化させてはならない・・・。
私たち日本人全体の責務です。

●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館
 9時半過ぎ、階上公民館のK.Kさんのところにお邪魔し、K.Kさんの楽しいお話を伺いました。奥様が作って下さったおむすびも頂きました。とてもおいしかったです。
 10時半ごろ、さんまのつみれ汁をご馳走したいと、調理室へ。材料もすべて整い、さんまも細かく叩いてあります。後は野菜を刻むだけ。私も頑張りました。主婦の腕の見せどころ?
 おいしいつみれ汁でした。すっかり暖まりました。
 学生たちが、また自作のコントや合唱を披露します。
 「楽しいなあ」
 K.Kさんが目を細めます。
私や学生たちには想像もつかないような苦労をされてきたK.Kさん。
戦前・戦中・戦後を、孤児として生き抜いてこられました。
無線通信士として遠洋漁業の船に乗り、家族には2年に1度しか会えない生活を送ってきた40年の日々・・・。
 「いいなあ、俺にはこんな時代、なかったなあ」
学生たちの明るくのびやかで屈託のない無邪気な顔を、愛(いと)しそうに、まぶしそうに 眺めます。
目の前の学生たちの姿に、10代・20代のころのご自分の姿を重ねていらっしゃるのでしょうか。その視線は穏やかで静かで、温かい光を宿していました。 
K.Kさんとの別れを惜しみながら、階上公民館を後にしました。

●気仙沼市 大谷海岸 ラーメン屋さん
お昼は、前回7月も学生たちと訪れたラーメン屋さんへ。ご主人は相変わらず優しい口調です。出汁の効いたおいしいラーメンを頂きました。
何もできないけれど、なかなか食べに来られないけれど、心から応援しています!

●気仙沼市 早馬神社
 最後は早馬神社さんです。正式参拝の後、梶原壮市禰宜さんが津波の映像を見せてくださりながら、当時のことをいろいろお話しくださいました。学生たちも積極的に質問します。やはり体験者のお話は胸を打ちます。
 学生たちとはここでお別れです。

●気仙沼市 気仙沼港内湾
 一か所だけ、港の一角で慰霊をさせて頂きました。日が短くなっていて、暗い中での慰霊でした。
イカ釣り漁船でしょうか。これから出港するような漁船が何隻も停泊しています。
 震災から3年半経ちます。
少しずつだけれど、震災前の生活が取り戻されつつあります。

夕方、一ノ関への道はすっかり暗くなっていました。
今回も2日間の日程を綿密に組み、調整をしてくださったS.Tさん、ありがとうございました。

(気仙沼だより(28)のダウンロードはこちらから↓)

「kesennuma_28_201411.pdf」をダウンロード

|

« 気仙沼だより(28) | トップページ | 2005年1月7日 インドネシア・スマトラ沖の津波 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2076564/58166703

この記事へのトラックバック一覧です: 気仙沼だより(28)続き:

« 気仙沼だより(28) | トップページ | 2005年1月7日 インドネシア・スマトラ沖の津波 »