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2015年1月26日 (月)

平成17年(2005年)8月27日 魂の救いとなるような人の導き方について

平成17年(2005年)8月27日 魂の救いとなるような人の導き方について

神から人へ、人から神へ。
人には人の世界あり。導かれる者、導く者。巡り合わせと仕組みによりて、役目立場は変われども、それぞれ互いが同じなり。
いずれが優り、劣るにあらず。各々(おのおの)欠けたる不足を持ちて、余れる者から分けられるもの。
なれば人は互いが師なり。人から学び、教えられるもの。
導く者は学びを得、学びしことより自(みずか)ら悟らん。
人を救うは難しきこと。人の悩みの源を、いずこに探り、求むるか。
それぞれ苦しむ源は、己の内より出(い)でしものなれ、人は己の外にこそ、悲しみ苦しみ悩みの素を、求め押し付け、安んじる。
苦悩の素を己に認め、己の心、思いを変えよ。その手伝いが救いなり。
人の悲しみ、悩みの素を、先ずは自(みずか)ら、思い致せよ。
己の奥の、歪(ゆが)み、狂いを、一つ一つを照らし出し、神の心に諮(はか)り尋ねよ。
己の小さき器の中にて、乱れし惑いに、光を当てよ。
神の目からはいずれも小さく、取るに足らざる 儚(はかな)き幻。
人の救いはそこから始めよ。己を見つめ、目を開くべし。
現実世界の争いも、人と人との諍(いさか)いも、詰まらぬ拘(こだわ)り、捉われなり。
そこに留(とど)まり、悶える魂、そを救うのは神のみことば。
神のことばを、写し、倣(なら)えよ。人は素直に、我(が)を離れよ。我(が)から逃れて、解き放たれよ。
人は本来、祝福されし、神の栄光、担(にな)いし者。
己の頂く神の誉(ほま)れを、人は言祝(ことほ)ぎ、謹(つつし)み、受けよ。

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