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2015年2月

2015年2月28日 (土)

平成17年(2005年)11月8日 神の世界の一元化とは(続き)

平成17年(2005年)11月8日 神の世界の一元化とは(続き)

次なる御世(みよ)の信仰は、神と人とが直接に、御魂と御魂の向き合いて、おのが御魂の昇華(しょうげ)のために、ただそれのみに命を生きて、
光の示す道を求むる、神と人との協和の御世(みよ)なり。
神と人とを介するものなく、命の道が神とつながり、外(はず)れることなく、歩むのみ。
さなる高次の世界に生きる、次元の高き御魂(みたま)となれよ。
今ある命の試練に耐えて、明日(あす)の世界に思いを高めよ。
何ゆえ人の人生は、苦難や挫折の連続なるか。人との葛藤、家族の不和と、心休まる日のなきか。
人は心を、御魂を鍛えよ。
辛きときこそ、悟りを得よ。
神との対話を 試みよ。
耳に聞こえず、目に見えずとも、人は答を与えられん。
神の答は 一つのみ。その答にて、命を支えよ。
神の答に救われし 御魂はさらなる昇華(しょうげ)を果たさん。
神の世界の一元化。人の世界の一元化。
内なる世界の一元化。
次なる世界に次元を上げて、神の世界に近づけよ。
今ある生もその準備なり。
さなる答の、ことばの意味を、これより後にもよく考えよ。
自(みずか)ら考え、意味を探せよ、さにて。

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2015年2月23日 (月)

平成17年(2005年)11月8日 神の世界の一元化とは

平成17年(2005年)11月8日 神の世界の一元化とは

神から人へ、人から神へ。
神の世界の教えを広め、人の全ての浄化と昇華(しょうげ)を、一人の人間、一つの命に、託し、任せて、目覚めを待ちて、
人の世界の初めより、今のこのとき、何千万年、地球の進化と命の発展、人と自然の共栄を、神は導き、育(はぐく)みて、
神の願える地上世界を、この世に実現、現出せんと、永きの時の流れと共に、悲しみ、喜び、巡(めぐ)り移りて、
今ようやくの、最終のとき。
神の世界の実現は、神と宇宙と、自然と人と、全てが一体、分かち難(がた)きを、
未熟なる者、不完全なる者、互いに補い、結び合い、互いに欠けし 力を組みて、
一つの全き、完全無欠の、不足も過剰もなきことを、
優劣、上下の差別なく、ただ平等に、公平に、各々(おのおの)役目を果たすのみ。
さにて、本日、神の世界の一元化、地上世界も神に倣(なら)いて、人と人との争いをやめ、一つの中心、神の御許(みもと)に、全てが統合、集結し、
神の前には全てが同じ、神の世界を構成せる、尊き役目を、悟り、担いて、神の授けし命(みこと)を果たし、天命成就の幸(さち)を得ん。
神の世界に収斂(しゅうれん)し、人も自然も動植物も、互いに命を活かし合う、欠かせぬ命を 讃(たた)え、祝わん。
全ての命が一つとなり、よりよき命と、さらに高まる。
人類創世、初めより、常に変わらぬ 戦い 争い。
宗教とても同じこと。
神の世界に優劣をつけ、信仰世界を欲にて汚し、支配の道具に貶(おとし)めし、忌(い)みて恥ずべき、諸悪の根源。
人の重ねし罪の歴史も、今このときに終焉(しゅうえん)せん。

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2015年2月22日 (日)

平成17年(2005年)10月18日 前世とは のダウンロード

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2015年2月21日 (土)

平成17年(2005年)10月18日 前世とは (続き)

平成17年(2005年)10月18日 前世とは。また現世との関わりや生き方について(続き)

なれば人は、大切にせよ。神との縁にて出会いし人を。
前世の罪は前世に終われり。
前世の功(いさお)も同じこと。富も誉(ほま)れも名声も、一代のみに許さるる、儚(はかな)き夢なり、幻なり。
過去世に拘(こだわ)り、捉(とら)わるなかれ。
過去世の罪は、あの世に禊(みそ)がれ、あの世に償(つぐな)い、贖(あがな)いぬれば。
過去世の罪を恐るるなかれ。
今この時を、現世の生を、畏(かしこ)み、惜しみ、いとしみ、生きよ。
神と結ばれ、神に結ばれ、この世に神の縁を広げよ。
さなれば人は皆救われて、この世を生きる命(みこと)を見つけん。
この世の生に、誠を傾け、一日(ひとひ)一日(ひとひ)に命(いのち)を捧げよ。

さにて本日、前世と現世、神との縁、この世の生の生き方を、わかるに易しく教えたり。
己の生に、教えを活かせよ。さにて。

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2015年2月20日 (金)

平成17年(2005年)10月18日 前世とは

平成17年(2005年)10月18日 前世とは。また現世との関わりや生き方について

神から人へ、人から神へ。
教えの一つ、伝える意味を、生の要(かなめ)に、中心に据え、己の生を高めてゆけよ。
単なる知識や好奇心、すぐに忘れることばにあらず。
しかと己の御魂に入れよ。

さにて本日、そなたの問いに答を与えん。
前世は己の生を清算、新たな生を賜わるために、生の終わりに区切りをつけて、
過去のあやまち、誤りを、気付き、認めて、神に詫び、
己の御魂の浄化を求め、神に許しを乞いて後、御魂は許され、来世に移らん。
なればこの世に犯せし罪も、次なる生に生まれし後には、宿世(すくせ)の縁は洗い流され、新たな縁を賜わらん。
過去の縁(えにし)は一代限り。そのたび新たな縁(えん)を結ばん。
親子の縁に、友の縁、師弟の縁も、皆(みな)初めから、結び直して、広がらん。
なれども神を介する縁は、生まれて変わり、死に変わり、輪廻(りんね)転生(てんしょう) 繰り返せども、必ず出会い、結ばれん。
永き年月(としつき)、幾(いく)星霜(せいそう)、この世に宇宙の創られて、数多(あまた)の生命、生体が、神の摂理に導かれ、
宇宙の運行、自然の流転(るてん)、真理を行い、現わすために、
神の世界を実現せんと、祈りを込めて仕組まれし、壮大無窮(むきゅう)の天の命を、一つ一つの形に表わし、各々(おのおの)異なる役目を担(にな)わせ、
その遂行(すいこう)のため、完成のため、神の経綸、計画により、出会いし縁こそ神の縁。
さなる神縁、奇(く)しき縁なら、世代を重ね、年を経(へ)れども、神代(かみよ)の時よりつながる縁なり。

 

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2015年2月17日 (火)

気仙沼だより(29)のダウンロード

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2015年2月16日 (月)

気仙沼だより(29) (続き)

◎平成27112

 

●気仙沼市 杉ノ下地区

最初に杉の下地区を訪れました。犠牲になられた93名お名前が刻まれた碑の前で献花をしました。

 

●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館

 9時半過ぎ、階上公民館のK.Kさんのところへ。

 昼前にはさんまを使ったお雑煮をご馳走になりました。

 今回も船乗り時代のお話をたくさん聞くことができました。ありがとうございました。

 

●気仙沼市 仮設商店街

お昼は、仮設商店街の特急寿司さんへ。2年以上前にお邪魔して、今回は3回目です。1200円なのに豪華なネタが並びます。ウニ、あわび、カニ、エビ、イクラ、ホタテ、トロ、、、。どれも私の大好きなものばかり。

おいしく頂きました。ご馳走様でした。

●気仙沼市 早馬神社

 いつもながら、最後は早馬神社さんです。年末年始のお忙しさはひと段落したのでしょうか。本年もよろしくお願いいたします。

神社への参拝後、漁火(いさりび)パークへ。眼下に三陸の海岸と海が広がります。穏やかな海に養殖用の筏が浮かび、雲間から差し込む陽光が海面を反射して、空の太陽にも負けじと眩しく輝きます。のどかさと神々しさの溶け合った景色です。

 

2日間の日程を組み、案内してくださったS.Tさん、ありがとうございました。

東京から往復夜行バスで気仙沼を訪問してくださったT.Sさん、お疲れ様でした。また是非一緒に行きましょうね。

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2015年2月15日 (日)

気仙沼だより(29)

本日はひふみともこ先生が1月に気仙沼へ慰霊に行かれた際の「気仙沼だより」をお届けいたします。(2回に分けて掲載いたします。)

気仙沼の報告㉙(平成2711112日)

◎平成27111

新春の気仙沼。身の引き締まるような気持ちのいい寒さです。今回は、学生T.Sさんも茨城県からきてくれました。東京から夜行バスで夜明けに仙台に着いて、そこからバスを乗り継いで気仙沼まで。お疲れ様です。

10時半に気仙沼駅で、岩手県職員S.Tさんと学生T.Sさんと合流します。

午前はS.Tさんが陸前高田の被災状況を学生T.Sさんに説明し、午後は陸前高田のO.Sさん宅で、被災時のお話などをお聞きする予定です。

●陸前高田市 

 陸前高田市、奇跡の一本松が銀色のベルトコンベアの向こうに見えます。この風景は前回11月と同じものですが、市内の嵩上げは少し進んだようにも見えます。とはいえ、町として復興するまでにはまだ34年以上はかかるのでしょう。

 街の様子を見た後、気仙大工左官伝承館へ。ここは2年前にも訪れたことがあります。2年前も良く晴れて風の強い日でした。

伝承館に入ると、囲炉裏では火が焚かれていて煙の香りが立ち込めています。 寒い土間で靴を脱いで部屋に上り、ひととおり建物の中を見学して帰ろうとしたとき、ちょうど語り部の武藏裕子さんが入ってこられました。

こうした昔ながらの建物は、冬寒い時は汗腺がきゅっと締まり、夏暑い時には汗を流して汗腺が広がるから健康的なのだと話してくださいました。今の若い人は足元に注意しないので敷居やちょっとした段差につまずく人が多いとのこと。バリアフリーに慣れ過ぎてしまったせいでしょうか。安全のためにバリアフリーが流行っていますが、そのために注意力が散漫になり神経や脳を使わないために認知症が進むことも考えられます。何もかも便利で安全なものを追求するあまり、本来使うべき機能を怠けさせてしまった結果、却って軟弱になっているとしたら皮肉なことです。

 武蔵さんは震災のとき、伝承館のある高台から津波の様子を見ていたそうです。あまりの恐ろしさに目をつむろうとしたとき、耳の横で「目をそらさず、しっかり見よ。このことを後世に伝えよ」という声が聞こえてきたそうです。

 震災後、伝承館を訪れる方には、震災当日のことや避難生活のことを話されています。武藏さんは「3つのお願い」ということを言っておられました。

 1つ目は、駐車場にはバックして入れること。そうしないと、地震で逃げるときに最後になってしまうからです。

 2つ目は、家族皆の携帯電話に親戚の電話番号をできるだけたくさん入れておくこと。震災で携帯電話は使えなくなるけれど、携帯電話の電源が入れば電話帳代わりになります。公衆電話などが復旧した時には自分の居場所などを親戚に伝言できるからです。

 3つ目は、震災の時にはトイレが一番困ることになります。その時、男の人は是非女の人のためにトイレの穴を掘って、段ボール箱などで囲いを作ってあげてほしいということでした。

 震災の話と同時に興味深かったのは、伝承館を訪れるお年寄りのお話でした。伝承館に訪れると、それまで認知症などでぼんやりしていた人が、帰るときには見違えるように目が生き生き輝いて帰られるそうです。囲炉裏の香りや土間の感触、板の間の手触りなどから、昔の記憶が鮮明に蘇えるからなのです。

武蔵さんは、お年寄りにいろいろな質問をしてさしあげるそうです。「板の間をもっとピカピカにするにはどうすればいいの?」というように。お年寄りたちが昔身に付けていた暮らしの知恵や体験を質問すると、お年寄りたちはとても嬉しそうに答えるそうです。

 年寄りだからと言って何もさせないのではなく、その方が歩んでこられた人生経験をできるだけ聞いてあげたりすることは、とても大切なのですね。

お昼は伝承館敷地内にある食堂へ。醤油味の中華そばは私の大好きな味でした。煮干しと昆布で出汁を取るそうです。中華そばでこんなにおいしいのは滅多にありません。最高でした!

●陸前高田市 O.Sさん宅

 市内で介護保険制度のケアマネージャーをしているO.Sさん宅へ。O.Sさんは震災でご主人を亡くされています。半年ほど前からようやく元気を取り戻してきて、今では少しずつ自分からもお話をされるようになってきたとか。

O.Sさん宅に上がらせてもらうと、ご主人の思い出話が続きました。

とても人情の厚い方だったそうです。

ご主人のお写真も見せて頂きました。いかにも男気の溢れる優しそうな方でした。

お子さんたちは教育関係の方が多く、可愛いお孫さんもいらっしゃいます。

ご主人がいらっしゃれば、本当に幸せなご家族だったことでしょう。

今はだいぶ元気になられたとはいえ、まだご近所の方と顔を合わせられないと仰っていました。

そして、復興の進む陸前高田市も見たくないとも。

「今の高田は見たくない。なんで復興しちゃうんだろう・・・。」

瓦礫が残っていてもそのままにしておいてほしかったと仰います。

嵩上げの進む市内には、家族で一緒に散歩したり買い物をしたりしたことを思い出させるよすがは何一つ残っていません。松林も公園も商店街も道路の跡も。面影を全て失った町。そこは、懐かしい故郷ではなく、赤の他人の町なのです。

●気仙沼市 仮設商店街

 夜は「はまらん家」へ。その後近くの喫茶店へ締めの飯を食べに行きました。

 帰るときに、俳優の渡辺謙さんと奥さんの南果歩さんがいらしているとお聞きし、勇気を出してサインを頂いてきました。気仙沼にお店を出していらっしゃるとのこと。

 今日も、お話をたくさんお聞きして、考えさせられる1日でした。

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平成17年(2005年)10月16日 神様のお名前について のダウンロード

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2015年2月11日 (水)

平成17年(2005年)10月16日 神様のお名前について(続き)

平成17年(2005年)10月16日 神様のお名前について(続き)

神の力の発動に、畏怖(いふ)と感謝を奉(たてまつ)る、原始の人の信仰ならん。
なれど次なる次元の世には、神の世界は一元となり、人の世界も調和を奏(かな)で、不協和なるは一つもなし。
さなる世界に区別は不要。神は一つの大本なれば、人も一つの神に集(つど)いて、銘々使命を果たすのみ。
神におみ名をつけるべからず。神の目からは無用のこと。
神におみ名を求むべからず。神は区別も差別も設けず、人の全てを愛するなれば、人も偉大な神の慈愛に、せめて誠で応えるべし。
狭き区別はいさかいの素。比較、競争、優劣、上下。
全て下らぬ、あやまちならん。
神に救いを求むるなら、己一人の救いになく、全ての救いを求むべし。
神は一人の我欲を嫌う。自己中心の願いを厭(いと)う。
神は区別、差別を退(しりぞ)け、全ての円満、融和を望む。
神は人へと願いて止(や)まぬ。他人(ひと)との隔(へだ)て、差別をなくし、互いをいたわり、分け合うを。
神の世界に倣(なら)うべし。遠き明日(あした)に実現するよう、今から備(そな)え、整(ととの)えよ
神から人への願いを受け止め、正しく伝えて、この世に起こせよ。

さにて本日、神の世界に区別なきこと、神のおみ名は人知にて、区別をつけるためなれば、神の願いに悖(もと)ると知れよ。
さにて。

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2015年2月 8日 (日)

平成17年(2005年)10月16日 神様のお名前について

平成17年(2005年)10月16日 神様のお名前について

神から人へ、人から神へ。
伝え残すは既になし。神への問いも終わりの時なり。
神の答は常に変わらず、人の御魂の救いとなるよう、変わらぬ一つの真理のみ。

さにて本日、そなたの問いし、神のみ名について。
神は本来名もなき存在。宇宙の全てに遍満(へんまん)せる、全てが神の顕現なれば、一つが全て、全てが一つ。
一つ一つに働きあれど、全てが仕組みの一部なり。
なれば、個々に分かちて名をつけども、神は全てを包括し、全てを動かす、根源なり。
人間心の浅知恵は、別なる神と名づけども、元をたどれば唯一つのみ。
区別 境をふりかざし、何ゆえ争い、差をつけたがるや。
全てを敬い、尊ぶべし。かしこみ、恐れ、慎むべし。
なれど神を遠ざくなかれ。近づき、傅(かしず)き、親しむべし。
神のおみ名を求むるは、神を身近に感ずるための、人間欲の顕(あら)われなれど、そもまた人の方便なれば、致し方なし、仕方なし。

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2015年2月 6日 (金)

平成17年10月15日 真・善・美・愛について のダウンロード

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2015年2月 5日 (木)

平成17年(2005年)10月15日 真・善・美・愛について

平成17年(2005年)10月15日 真・善・美・愛について

神から人へ、人から神へ。
立て替え直しの仕組みも進み、いよいよ最終、完成の時。なれば人は気を引き締めて、最後の仕上げに心を込めよ。
最後の瞬間、そのときまで、気持ちを抜かず、打ち込めよ。慌て、急ぎて、仕損じなば、仕組みは戻り、灰燼(かいじん)に帰(き)す。
なれば今の一瞬一瞬、神と共にてあることを、心の奥に繰り返し、少しの恐れも抱(いだ)くことなく、ただひたすらの帰依(きえ)を願えよ。
神の示せし方(かた)へと進み、迷わず預(あず)け、全てを委(ゆだ)ねよ。
さにて本日、人の生の本質を、元より備えし徳性を、簡潔明瞭、明解に、ことばに示し表わす語なり。
人の本来備えし徳は、神に捧げる真(まこと)の思いと、宇宙万物自然と和(わ)せば、行い全てが善となり、
森羅万象、全てが互いに、互いを生かし、互いを支え、自分と他との別のなき、全てが愛に満ち溢るる、光り輝く御魂の顕現(けんげん)。
神の願いを映せし御世は、全てに神の愛のこもれる、美しくして豊かなる、光明世界の具現なり。
この世に生きる人の全てが、御魂の奥に秘めし徳。
気付かず汚し、曇らせども、神に心を開きなば、必ず徳は眠りを覚まし、己のなすべき働きを、己の使命を覚醒し、
神の祈りを叶えんと、神を手伝い働く歓び、人と生まれし稀有(けう)なる定めに、ますます感謝の念を高めん。
真・善・美・愛、四つはそろい、組み合わされて、神の世界を表わすことば。
神への思いを偽るなかれ。神と共にて生きるを願い、宇宙の真理に任せて生きれば、行い全てが神の御心、全てが善の循環となり、
この世の全ての生あるものと、己の生とが一体なるとき、この世の波動は愛と高まり、
完全調和の美の世とならん。
一言にして全てを表わす、先のことばを金言(きんげん)として、己の生の指針とすべし。
さにて。

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2015年2月 4日 (水)

平成17年9月22日 新しい御世とは のダウンロード

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2015年2月 3日 (火)

平成17年(2005年)9月22日 新しい御世とは (続き2)

平成17年(2005年)9月22日 新しい御世とは (続き2)

神のことばに意味を見つけよ。己の生まれ、生きる意味。
この世で働き、使命を果たし、次の世界に入(い)るための、備えの日々なる現世の生を、忘るなかれよ、片時も。
神は人にことばを伝え、その一つとも人に残らば、神との縁は結ばれり。
神の許さる縁に救われ、多くの人の魂が、波動を上げて、この世を変えなん。
地道な努力を、忍耐を、報(むく)いの少なき奉仕を積めよ。
そこそが神の最も喜ぶ、誠の人の生き方ならん。
道は既に示されり。進む戻るは おのおのに、委(ゆだ)ねし選択、決断なれば、一人一人が熟慮(じゅくりょ)して、己の生を生きるべし。

本日、新しき御世のための準備について、これまで教えしことも含めて、再度教え、説き示したり。
読みて考え、判断せよ。さにて。

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2015年2月 1日 (日)

平成17年(2005年)9月22日 新しい御世とは (続き)

平成17年(2005年)9月22日 新しい御世とは (続き)

御魂の鍛えは終わりなし。この世の生の終わりまで、神の恵まる愛の証(あかし)よ。
なれば人は、恵みに応えて、次なる次元の世の前に、少しも御魂を 育(はぐく)み伸ばして、信ずる心を養うべし。
準備というも、その一事(いちじ)のみ。特別なるは一つもなし。
新しき御世の高き波動は、自ずと人を、分かち隔(へだ)てん。
残さる者と、残されぬ者、移る世界を異(こと)にする、最後の振り分け、審判のとき。
恐れは無用の、避けられぬとき。
人は自ずと分けられて、己の御魂にふさわしき、次元世界に旅立たん。
神は最後の瞬間までも、一人も多くの御魂を救い、目覚め気付きの機会を与えて、神との縁を結びし者を、残さず伴(ともな)い、導きたし。

神の迎える新しき世は、人の煩悩(ぼんのう)、執着を超え、慈愛と情けの満ち溢れ、穏やかにして安らかなる、精神世界の栄える世なり。
物への執着 離れぬ者、人への憎悪の消えぬ者、神の存在 認めぬ者は、かえりて苦しく、生き難(にく)し。
感謝と 謙虚と 素直と 愛と。
心に誠の宝を持たば、神の世界は歓び迎えん。

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