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2015年2月 1日 (日)

平成17年(2005年)9月22日 新しい御世とは (続き)

平成17年(2005年)9月22日 新しい御世とは (続き)

御魂の鍛えは終わりなし。この世の生の終わりまで、神の恵まる愛の証(あかし)よ。
なれば人は、恵みに応えて、次なる次元の世の前に、少しも御魂を 育(はぐく)み伸ばして、信ずる心を養うべし。
準備というも、その一事(いちじ)のみ。特別なるは一つもなし。
新しき御世の高き波動は、自ずと人を、分かち隔(へだ)てん。
残さる者と、残されぬ者、移る世界を異(こと)にする、最後の振り分け、審判のとき。
恐れは無用の、避けられぬとき。
人は自ずと分けられて、己の御魂にふさわしき、次元世界に旅立たん。
神は最後の瞬間までも、一人も多くの御魂を救い、目覚め気付きの機会を与えて、神との縁を結びし者を、残さず伴(ともな)い、導きたし。

神の迎える新しき世は、人の煩悩(ぼんのう)、執着を超え、慈愛と情けの満ち溢れ、穏やかにして安らかなる、精神世界の栄える世なり。
物への執着 離れぬ者、人への憎悪の消えぬ者、神の存在 認めぬ者は、かえりて苦しく、生き難(にく)し。
感謝と 謙虚と 素直と 愛と。
心に誠の宝を持たば、神の世界は歓び迎えん。

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