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2015年4月22日 (水)

平成18年(2006年1月15日) 京都府亀岡市出雲大神宮様での会に付いて(続き)

平成18年(2006年1月15日) 京都府亀岡市出雲大神宮様での会に付いて(続き)

そして、会は人を集めることではなく、集まりしご縁の輪を広げること。
たとえその場に集まらずとも、神のことばに呼応する魂の輪が広がることを願え。
会の組織化には慎重なるべし。人の組織は危うきもの。多く集まればそれだけ、不純、異物も多くなる理(ことわり)。
会に組織は不要なり。必要なとき、必要な者が集まり、助け合い、支え合うが肝心。
そなたの立場は明白。そなたが中心、そなたが自ら立ちて、己の考えとして明らかにせよ。
なれどそなたが上に立つのではなく、あくまでも中心となることのみ。
円に中心があり、扇に要(かなめ)があるのと同様。
そなたが人の集まりの中心となり、自らの姿勢を通して 神のことばを伝えること。
神の存在は遠いものではなく、生活の隅々(すみずみ)に、神の摂理は見出せるもの。
遺伝子一つの中にも、宇宙の星々、宇宙の運行の中にも、神の摂理なくして何一つ生きられるものはなきことを、理屈理論に頼ることなく、ただ己の信ずるままを語らばよからん。
何も心配することはなし。任せておかば縁は広がり、人の出会いが動きを進めん。
そなたがすべきは、集まりの中で、神の教えを素直に説き、平凡なる中にこそある神の偉大さを、神なればこその地球の奇跡を語るべし。
難(むずか)しき解釈、理論ばかりの教義は要らぬ。
一人でも多くの御魂に語れよ、神の祈りを。
一人でも多くの御魂に伝えよ、神の波動を。
救われる命の一人でも多くあるよう、限られし時間を、惜しみて生きよ。
さにて本日、会の方針、方向について、手短に示せり。よく読み、考え、己の生に活かされよ。さにて。

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