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2015年4月

2015年4月30日 (木)

平成18年(2006年)2月3日 科学における神の領域と人の領域について

平成18年(2006年)2月3日 科学における神の領域と人の領域について

神から人へ、人から神へ。互いの信頼・信仰のもと、人の進化は神に近づき、やがては神の授けし頃の、尊き御魂に進化せよ。

さにて本日、神と人との領域について、細かく答えん。
そもそも神は人を創り、命を与えしそのときに、神の御魂を分け与え、人の努力と精進にて、神の御魂に戻るよう、神の次元に上がるよう、
幾つも試練、困難与え、自ら御魂を磨き高めて、己の自我や執着を取り、利他の思いの満ち溢れる、光の御魂になることを、
そのときまでを遺伝子に込め、進化の過程を定めしもの。
なれば人は自ら努力し、神の定める進化の道を、素直に生きるが、自然の定め。
人が努力し、科学を進め、宇宙の法則、摂理を見つけ、物質のみの世界を離れ、霊の世界に高まることこそ、人の進化の早道なるを。
人のなすべき領域は、進化の道を辿(たど)ること。
進化の道とは霊へと通じる、物質世界と精神世界の、融和調和の世界なり。
物質のみに囚(とら)わるは、自ら思考の自由を損なう、低次のままの学に留(とど)まる。
本来神と人との間に、境界はなし。連続せるもの。
人の学問、技術の発達、そも行き着かば、神の領域。犯すべからぬ境はなし。
なれどそこに霊の存在、霊的世界の介在なくば、人は宇宙の摂理を狂わせ、自然の秩序を破壊せん。
神と人との領域を、分かつ基準はそれのみなり。霊的目覚め、霊的進化。
今の地上の学問技術は、霊的視点の欠けしもの。霊的世界を無視せるもの。
医療の技術も一面のみ。人の体の一部のみ。
人の命は体にあらず。一人の命は独りにあらず。

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2015年4月29日 (水)

平成18年(2006年)1月28日 ピラミッドのダウンロード

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2015年4月27日 (月)

平成18年(2006年)1月28日 ピラミッド

平成18年(2006年)1月28日 ピラミッドを作ったのは誰か。その目的とは。またその子孫はどうなったのか。

神から人へ、人から神へ。多くの現象、事象の裏に、神の意図あり、経綸あり。なれば人はそから読み取り、そから学びて、成長すべし。
さにて本日、地上のピラミッドについて、その疑問に答を示さん。
ピラミッドなるは太古の昔、宇宙の外より現れし、別なる次元の異星人、宇宙人なる生命体、人と異なる魂持ちて、人と異なる役割担い、
地上の文明、文化を進めて、宇宙の進化に追いつくように、科学や技術を教えんために、地上に降りぬる生命なり。
なれば人はそこから習い、ようやく文明文化を持ち、それまで遅れし医療や技術、生活全てに亘(わた)るまで、高度に発展、進化せり。
人には未知の文明の粋(すい)、遠き宇宙の星との交信、異次元世界の命の存在、次元を超えし学問、科学。
今の人にも読み解けぬ、高次の学問、宇宙の真理に、人は恐れ、畏(かしこ)みて、神を見出し、奉(たてまつ)れり。
なれど人はやがて堕落し、精神世界の荒廃招き、高次の学から遠ざかり、自(みずか)ら人知で編み出せる、低次の学のみ目を奪われ、
神の存在、霊の実在、別なる次元の存在忘れ、原始の学に自(みずか)ら帰り、物質のみの迷妄(めいもう)に、自ら学を呪縛(じゅばく)せる。
宇宙の星より現れて、高次の文明伝えし者も、役目を終えし その後(のち)には、再び己の星へと帰還。
残されし 遺物が今のピラミッド。宇宙の星との交信のため、その基地として 造られ、使われ、異次元世界とつながれる、通路の機能を持ちしもの。
王の墓となりぬるは、後(あと)から現れ、住みつきし、後世の人のなせる業(わざ)なり。
元々墓にて造るにあらず。人の次元の技術に適(かな)わぬ、神の世界の学ならざらば、石の一つも動かせぬ、寸分違(たが)わぬ測量技術。
霊には霊の次元あり。地球に存(そん)する霊の世界は、最も低き次元なれ、物質次元に留(とど)まれる、物を物にて 測り動かす、原始の時代と変わらぬ水準。
次元を上げて科学を進め、人の文化を高めるためには、霊の存在、力のなくば、地球は物質次元のままなり。
次元を上げよ。霊性高めよ。肉体超えし御魂を認めよ。
人の次元上昇も、そこから始まる進化の一歩。
さにて本日、ピラミッドなることより始めて、霊性進化を説明せり。よく読み 御魂に刻みつけよ。さにて。

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2015年4月23日 (木)

平成18年(2006年1月15日) 京都府亀岡市出雲大神宮様での会に付いて のダウンロード

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2015年4月22日 (水)

平成18年(2006年1月15日) 京都府亀岡市出雲大神宮様での会に付いて(続き)

平成18年(2006年1月15日) 京都府亀岡市出雲大神宮様での会に付いて(続き)

そして、会は人を集めることではなく、集まりしご縁の輪を広げること。
たとえその場に集まらずとも、神のことばに呼応する魂の輪が広がることを願え。
会の組織化には慎重なるべし。人の組織は危うきもの。多く集まればそれだけ、不純、異物も多くなる理(ことわり)。
会に組織は不要なり。必要なとき、必要な者が集まり、助け合い、支え合うが肝心。
そなたの立場は明白。そなたが中心、そなたが自ら立ちて、己の考えとして明らかにせよ。
なれどそなたが上に立つのではなく、あくまでも中心となることのみ。
円に中心があり、扇に要(かなめ)があるのと同様。
そなたが人の集まりの中心となり、自らの姿勢を通して 神のことばを伝えること。
神の存在は遠いものではなく、生活の隅々(すみずみ)に、神の摂理は見出せるもの。
遺伝子一つの中にも、宇宙の星々、宇宙の運行の中にも、神の摂理なくして何一つ生きられるものはなきことを、理屈理論に頼ることなく、ただ己の信ずるままを語らばよからん。
何も心配することはなし。任せておかば縁は広がり、人の出会いが動きを進めん。
そなたがすべきは、集まりの中で、神の教えを素直に説き、平凡なる中にこそある神の偉大さを、神なればこその地球の奇跡を語るべし。
難(むずか)しき解釈、理論ばかりの教義は要らぬ。
一人でも多くの御魂に語れよ、神の祈りを。
一人でも多くの御魂に伝えよ、神の波動を。
救われる命の一人でも多くあるよう、限られし時間を、惜しみて生きよ。
さにて本日、会の方針、方向について、手短に示せり。よく読み、考え、己の生に活かされよ。さにて。

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2015年4月21日 (火)

平成18年(2006年1月15日) 京都府亀岡市出雲大神宮様での会に付いて

平成18年(2006年1月15日) 京都府亀岡市出雲大神宮様での会に付いて

(京都府亀岡市出雲大神宮様での会についてお伺いいたします。
会の目的をどうすべきなのか。
会の方向性は、①できるだけ大勢の人を集めることを目指すのか。②会の発展を目指し、組織立てていくのか。
ひふみともこの立場は ①ゲスト講師なのか、②主催者なのか。
以上、もし神様のお考えがあれば、お聞かせ下さい。)

神は人に、神の子としての自覚を持ち、意識を高め、人としての本分を尽くし、命を全うし、自らの役割を果たして人生を終わることを望んでおられる。
その人としての生き方を曲げ、自らの間違いし善悪の判断、価値基準に基づき、我欲に迷い、執着に溺れて、己の使命を果たさずに生を終えて朽ちる者の多き世の中。
その中で人は 神の救済を必要とし、宗教にその救いを求め、教祖に教えを乞うが、いつかまた、単なる利益、損得勘定に目を晦(くら)ませて、本当の宗教の意味、本来持ちし信仰の役割を見失ってしまった。
そうした人たちの心の迷いを救い、光に導き、道を示し、不安を消し、未来への夢を持たせ、人間の繁栄発展を祈り、地球の進化、次元上昇へと誘(いざな)うために、神は多くの書物を書かせ、救いの奇跡を見せ、人の心を通し、体を使い、人に神の世界、神の願いを伝えることを繰り返してきた。
なれど、人の多くがそれに気付かず、我(が)のみの感情で、理性も知性も打ち捨て、ただ人の感覚の世界、五感の世界に宗教を貶(おとし)めてしまった。
今急がれるのは、人の真(まこと)の霊性が目覚め、心を発動し、体の行を通じて、ひとりでも多くの魂が浄化され、よき波動となりて、地上の穢れを禊ぎ祓うことである。
そのための会として、会は発足し、人の霊性の目覚めと魂の浄化の機会を広げることを目指せよ。

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2015年4月19日 (日)

平成18年(2006年1月7日) 地球の遅れの原因についてのダウンロード

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2015年4月18日 (土)

平成18年(2006年1月7日) 地球の遅れの原因について(続き)

平成18年(2006年1月7日) 地球の遅れの原因について(続き)

御魂の奥の 底にある 神への入り口、神への扉。
人が 何千、何万年と、開かず、叩かず、閉ざせる扉よ。
目覚めを待ちて 今のこのとき、人は己の 扉を叩かん。
気付かぬ者も、悟らぬ者も、目覚める人の 後に従い、知らずに起こされ、目を開かれん。
人の進化は全体のもの。全てが共に目覚めるもの。
人が一つの命に結ばれ、神の前にて心を合わせ、祈りを捧げ、敬虔(けいけん)となり、
神の世界の現れて、この世に神の降臨(こうりん)するを、素直に信じ、願うとき、必ず人は進化を進め、次元を上げて、羽ばたかん。
人の遅れは、心にあり。御魂の進化を蹂躙(じゅうりん)せるは、心の奥に押し込めし、霊なるものへの無知からなれば。
人の真(まこと)の 知恵に目覚めよ。霊なるものへと目を向けよ。
人が万物、生命の、最も高き霊長ならば、その名に恥じぬ 命を生きよ。
人の備える、能力、叡智(えいち)。物質次元に留(とど)まることなく、力の限りを試すべし。
霊なる次元に段階あり。最も低き段階は、物質世界に終わるもの。
なれど人の可能性、霊なる力に、限界なし。あると思うが、限界の基(もと)。
地上世界もいまだに低き、物質世界の次元なれ、人は己の能力を、十二分にも発揮せず、
戦い、争い、殺し合う、野蛮の世界を逃れ得ぬ。
霊なる者の自覚を持てよ。人は尊(とうと)く、高き者。
自ら貶(おとし)め、卑(いや)しめし、神の御魂に詫びるべし。
神の御魂に適(かな)える生を、求め、弛(たゆ)まず 歩むべし。
進化の道は遥かなり。単なる肉体、知能に終わらぬ、霊の進化の道なれば。
先ずは自覚を、覚醒を。さにて。

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2015年4月16日 (木)

平成18年(2006年1月7日) 地球の遅れの原因について

平成18年(2006年1月7日) 地球の遅れの原因について

神から人へ、人から神へ。
人の遅れ、地球の遅れ、進化の止まれる原因は、全ては人の心の奥に、眠れる遺伝子、記憶の底の、
神とのつながり、太古の結びを、人の多くが忘れ去り、自(みずか)ら離れし結果なり。
人は本来 霊的生き物。神と御魂の最も近き、神の似姿(にすがた)、分け御魂なれ、
神の心を分けられて、神の慈愛を授けられ、神の光に浴(よく)して生きる、最もめでたき、栄(は)えある命。
なれば人は感謝の心で、神への思いを忘れずに、神に近づく努力を惜しまず、神のご意図に沿うを望まば、
地球の自然に自(おの)ずと呼応し、宇宙の息吹(いぶき)に感応し、天の意に乗る 道を辿らん。
なれど人は、堕落 退廃。神から離れて 漂う命は、行き先もなく 当(あ)て所(ど)もなし。
何に向かいて 生くべきか。何を求めて 進むべき。
迷いの果てに 行き着くは、下らぬ幻想、迷妄、絶望。
神に戻りて、元に返せよ。
元に戻るが 進化の始め。
迷いて進みし あやまちの道。元に帰るが、最初の一歩。
人が神に戻りなば、心の扉を開きなば、神の世界は 人へと開かれ、今の遅れも取り戻されなん。
過去に重ねる 罪も穢(けが)れも、人の改心悔悟にて 瞬時に消えて 禊(みそ)がれなん。
人の進化を妨げし、低次の発展、繁栄は、もろくも崩れ、儚(はかな)く消えなん。
真(まこと)の進化を、栄(さか)えを見つけよ。

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2015年4月14日 (火)

平成17年(2005年)12月26日 人間の名前についてのダウンロード

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2015年4月12日 (日)

平成17年(2005年)12月26日 人間の名前について(続き)

平成17年(2005年)12月26日 人間の名前について(続き)

己の開運、幸運のため、名を変え、字を変え、字画を変え、無駄なる努力をするなれど、元より持てる名こそが最良。
神の祈りを曲げることなく、そのまま素直に受け取るべし。
現世利益(りやく)の 浅はかな、目先の利得に惑わされ、己の使命を見失うなよ。
名前の奥の 神意を知れよ。
親の願いは、子の幸せ。健康、成功、繁栄、安定。なれどそにては充分ならず。
神の願いは、地上全ての、真(まこと)の平和と、調和と 進化。
さなる神の願いに応える、一人一人の役割を、持ちて生まれし名前に読めよ。
全ての人に 願いを託せり。
愛さぬ者の 一人とてなし。
神の願いに応えて示せよ。
頂く名前に恥じぬよう、名前に負けて 見劣りせぬよう、
名に相応の役を求めて、名にふさわしき 命(いのち)を生きよ。

さにて本日、人の名前について答えしを。
神の名前と異なりて、人には名前が必要ならん。銘々己の使命を見出し、そに勤(いそ)しみて、外(はず)るるなかれ。
人の命(みこと)は尊きもの。徒(あだ)に軽んじ、疎(おろそ)かにすな。
己の勝手の都合にて、命(みこと)を投げ出すことは許さじ。
一途(いちず)に専心、邁進(まいしん)し、神に誠を返して生きよ。
さなれば神も歓びて、さらに多くの助けを与えん。さにて。

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2015年4月 8日 (水)

平成17年(2005年)12月26日 人間の名前について

平成17年(2005年)12月26日 人間の名前について

神から人へ、人から神へ。全ての人に使命あり。使命と共に、運命(さだめ)あり。
人の運命(さだめ)を決め行くは、人の生き方、心の持ち方。
なれば人は、努めるべし、怠(おこた)らざるべし、励むべし。

さにて本日、人の名前について答えん。
人にはそれぞれ生まれしときに、神と約せし使命あり。
なれば天は その使命、約の成就(じょうじゅ)に資(し)せんため、環境整え、出会いを仕組み、見えぬ世界の追い風吹かせ、
人のこの世の働きを、陰に日向(ひなた)に 助け、支えり。
人は己の役割を、事象に汲み取り、過去に読み、今ある己の位置から気付き、自(みずか)ら目覚めて 行なうべし。
神秘なること、日常なること、人の感性、知性に応じ、
早くに気付きて 行なうもあり。
老いても目覚めず 果てるもあり。
なれど人はそれぞれに、その役割を刻印せる、御魂の記憶を備えたり。
人の目覚めのきっかけを、その名に負(お)いし者もあらん。
神の願いを込められし、逃(のが)れぬ運命(さだめ)を秘めるもあり。
なれば人は、その名にこそ、神の願いと己の命(みこと)と、共にその名に併(あわ)せ持つ、奇(く)しかる名をば、頂くもの。
人の名前は偶然ならず。生まれしときより定めらる、避け得ぬ命(みこと)に 目覚めるための、眠りを覚ます祈りなり。
人は己の名を大切に、神より頂く命(みこと)のためと、よく心得よ、わきまえよ。

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2015年4月 7日 (火)

平成17年(2005年)12月23日 謙虚さと自信についてのダウンロード

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2015年4月 6日 (月)

平成17年(2005年)12月23日 謙虚さと自信について(続き)

平成17年(2005年)12月23日 謙虚さと自信について(続き)

不足、欠如に 惑わされず、そこに込めらる神の意図、神の慈愛を読むならば、何の不満も不平もなからん。
神への感謝を自信に変えよ。神の前にて恥じるは無用。
神の授けし心と体、御魂に適(かな)いし恵みなれ、そを歓びて、満たされよ。
自信は驕慢(きょうまん)、慢心ならず。常に己を振り返り、神の慈愛を汲み取る心。
神の前にて己の生の、生かさる意味を悟ること。
全てが己の命(みこと)に目覚め、短き生を有意に生きて、命(いのち)の意味を深めて生きる。
さなる生を送れる者は、神への感謝と己の自信、謙虚の心を育(はぐく)まん。
謙虚の心も 己の自信も、神への感謝と共にあれ。
神を離れし人の心は、驕(おご)り、高ぶり、己を失い、人との比較に明け暮れる日々。
己の命(みこと)を打ち忘れ、我欲に追わるる哀れな生なり。
さなる心に自信は生まれず。戦々恐々、人と競い、人の尺度に振り回さる。
真(まこと)の自信を手に入れよ。神に戻らば、そは容易なり。
人本来の元に帰れよ。命の根源、宇宙の起源。
全てが一つの原点から、生まれし歴史に 心を馳(は)せよ。
目に見え、触(さわ)れる 次元は低し。
その奥にある神意を読みて、揺るがぬ自信と謙虚の心に、己を高め、励みて生きよ。
さにて。

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2015年4月 5日 (日)

平成17年(2005年)12月23日 謙虚さと自信について

平成17年(2005年)12月23日 謙虚さと自信について

神から人へ、人から神へ。
迷える人の迷いを晴らし、悩める人の悩みを救い、多くの人の御魂を支え、次なる次元に無事に渡れよ。
遅れ、捨てられ、忘れられ、この世の次元に残さることなく、全ての人の次元を上げよ。
そのため今は さらにも多くの、縁を結べよ、広げよ、つなげよ。
一人一人は弱くとも、結び、交わり、合わさらば、力は強まり、光も速し。
さにて波動は巡り巡りて、地上に浄化の波を起こさん。

さにて本日、謙虚さと自信、その奥義(おうぎ)を説き示さん。
謙虚というは、人のあるべき、基本の姿、姿勢ならん。
神に向かいて生きる者、神を受け容れ、委ねる者、
自然に従い、摂理に沿い、宇宙の則(のり)に委ねる者は、全てに謙虚の心あり。
己が一番、己中心、地上を支配、蹂躙(じゅうりん)し、我欲のなすまま、利便を追い、神を畏(おそ)れぬ心の性(さが)は、傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)の 哀れなるもの。
神から離れて迷いの淵へ、自ら堕(お)ちぬる 修羅(しゅら)の巷(ちまた)よ。
謙虚というは謙遜(けんそん)ならず。己を貶(おとし)め、卑(いや)しむなかれ。
人は全て神の子なれば、全てが己を 愛し 尊べ。
人と生まれて、生を生き、この世にあるを許されし、神の慈愛を受けし者たち。
神の前には全てが等しく、神の光を与えられ、御魂の成長、進化を望まれ、一つ浄化を進めるたびに、神の祝福、恵みを受けん。
なれば人は 己を信じよ。神を敬い、慕う如くに、己を愛し、己を信じよ。

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2015年4月 4日 (土)

平成17年(2005年)年12月16日 平等についてのダウンロード

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