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2015年8月 7日 (金)

気仙沼だより(31)

(事務局より)

皆様

本日はひふみともこ先生が東日本大震災の直後から、慰霊の一環として行っておられます東北地方での活動のご様子を「気仙沼だより」としてお送りさせていただきます。

亡くなった方たちのためだけではなく、生き残った方々を励まし、なぜ残されたのか、に気づいていただくことも慰霊である、という神様のお言葉を実行されています。

それでは7月のご訪問の様子を以下に掲載させていただきます。

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気仙沼の報告㉛(平成2771920日)

◎平成27719日 

昨日夜に気仙沼に来ていたので、朝は8時半までゆっくりホテルで過ごすことができました。

今回も学生7名が参加します。新潟や山形・群馬など様々なところから集まってくれました。中心的に活躍してくれたのは3回目の参加となるK.Tさん、女子学生です。今時の若者には珍しいくらいに気配りも細やかで礼儀正しい学生さんです。

 9時に駅前で集合して出発です。

●気仙沼市 共徳丸跡

 まずは気仙沼市内の被害状況を学生たちに説明するために、共徳丸のあった場所に向かいます。共徳丸そのものは撤去され、その跡地に津波の来た高さまで盛り土をしてあります。盛り土の高さは3.5メートルくらいでしょうか。献花台もあります。当時の市内で発生した火災を示す写真なども展示してあります。盛り土の上は展望台のようになっており、市内の嵩上げがかなり進んでいることが見て取れます。

●陸前高田市 ベルトコンベア

 今市内で最も目を引くのは、高さ10メートルくらいの中空に広がる全長3キロにも及ぶベルトコンベアでしょう。青空の下、ベルトコンベアが銀色に光ります。

一見、遊園地のジェットコースターのようでもあります。近くの山を切り崩し、その土を市内に運んで嵩上げをするためです。このベルトコンベアのおかげで、嵩上げは3倍も速く進んで いるそうです。

この光景を目にするたびに、暗澹たる気持ちになります。

 そこまでして嵩上げする必要があるのかという疑問が湧いてきます。

ベルトコンベアを作るだけでも相当のお金がかかったことでしょう。

そんな莫大なお金と膨大な労力を使うくらいなら、もっと別の防災の仕方にお金をかけたほうがいいのではないでしょうか。

自然の山を切り崩して、生態系に影響はないのでしょうか。

何千年も前からそこにあった山や森を、そんなに簡単に切り崩していいのでしょうか。

今回も高台(近くのそうした山々)に逃げて助かった方も大勢いらっしゃるのに、それを切り崩してしまったら避難する山がなくなってしまうのではないでしょうか。

森が消滅すれば、別の災害、例えば土石流などが起きる恐れはないのでしょうか。

嵩上げをしたところは本当に安全なのでしょうか。液状化などの心配はないのでしょうか。 嵩上げしたところには住みたくないという声も聞かれるそうです。

今回の津波よりも高く嵩上げしたそうですが、嵩上げした土地の高さよりも高い津波が来ないという保証は何もないのです。

 これが復興なのでしょうか?

 自然と共に生きる人間のするべきことなのでしょうか?

 今回の震災から本当に学ぶべきことを学んだと言えるのでしょうか?

●陸前高田市 気仙大工左官伝承館

 10時半に気仙大工左官伝承館に到着。語り部の武藏裕子さんに、当時の様子などを語って頂きます。

 震災当日も武藏さんはこの伝承館にいらっしゃって、津波の様子をしっかりと見届けられた

そうです。広田湾の海水が引いて行き、次に真っ黒い濁流が押し寄せてきました。水煙を

上げながら家や車が巻き込まれていきます。立っていられないくらいの激しい揺れが続きます。

 目の前で繰り広げられる惨状から目をそらそうとしたとき、「目をそらすな。しっかりと見よ。そして後世に伝えよ」という声が、耳元から聞こえたそうです。

 「津波てんでんこ」津波が来たら、とにかく逃げること。まずは自分の身を守ること。

 学生たちは声もなく聞き入っています。

 武蔵さんの思いは、学生たちの胸の奥まで届いたことでしょう。

 ありがとうございました。

●陸前高田市 O.Fさん宅

 O.Fさんの仮設住を訪問するのは何度目でしょうか。来週には新居に引っ越されるので、学生たちが仮設住宅に入れる最後の機会となりました。

 新居に移られるのですから、さぞ晴れ晴れと喜んでいらっしゃるかと思いきや、毎日悶々とした悩みを抱えていらっしゃるそうです。これまで親しく言葉を交わしていたご近所の方たちが急によそよそしくなられたとか。これまで苦楽を共にしてきた仲なのですから、O.Fさんにとっては身を切られるように辛いことでしょう。

一方、ご近所の方たちの心中も察せられます。

これまで何かと頼ってきた、仮設の中心的存在のO.Fさんが仮設を去ることの喪失感・空しさ・淋しさ・取り残されていく不安・焦り・嫉妬など、言葉では表せない複雑な胸中だと思います。

「仲間」だからこそ、これまで腹を割って話し合ってこられたのに、「仲間」でなくなっていくと思った時から心を開けなくなってしまい、それを自分でもどう処理していいのかわからないもどかしさもあるのかもしれません。

表面的なお付き合いだけだったなら、お愛想笑いで取り繕うこともできたでしょうが、それさえできない苛立ち、腹立たしさ、切なさ、やるせなさも混じり合っているのかもしれません。

 仮設を去る人。残される人。

それぞれの胸の奥深くに、どこにも、誰にもぶつけられない様々な思いが渦巻いています。

それらの思いを呑み込んで、復興は進んでいきます。

●気仙沼市 仮設商店街

 夜は復興屋台村の「はまらんや」さんへ。

それぞれに感じたことを話し合ったりして、親睦を深めました。

 今日1日お疲れ様でした。

 

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