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2015年8月12日 (水)

平成19年(2007年4月15日) 裁くことと許すこと

平成19年(2007年4月15日) 裁くことと許すこと

神から人へ、人から神へ。
今の人類、多くの者の 積(つ)み越(こ)し穢(けが)れ、罪科(つみとが)を、人は禊(みそ)ぎて、贖(あがな)いて、神の許しを得んために、
現世 命のある意味を よくわきまえて、身を慎(つつし)むべし。
人は本来 罪深き者。
生きる全てが罪の連続、他を傷つけずに生きる能(あた)わず。
なれば人は 敬虔(けいけん)に、さらに謙虚に 慎み深く、己の生きてあることを、さらにも感謝し、愛(お)しむべし。
命のあるを、許されしこと。
生きて地上の生を楽しみ、自然の恵みを授けられ、
己の命の意味をも知らず、生の根源、そも知らぬまま、
不平不満に明け暮れる、愚かな罪を重ねるものなり。
己の罪の深さも気付かず、人の罪には厳しく対し、そを裁かんと法を定めて、罰を科(か)すさえ 数多(あまた)あり。
なれど人は全てが罪人(つみびと)。
自然の掟を破る者、心を汚し、貶(おとし)める者、天の法則、そを乱し、さらに我欲を極(きわ)める者。
人はこの世の短き生を、人を愛することのため、
人を助けることのため、利他の心を育(はぐく)むために、少しも使うが大切なるを。
人の多くはそを忘れ、己の我欲を追求し、人を押しのくことに費やす。
人を裁くも罪ならん。人は人を裁く能(あた)わず。能(あた)うは ただに 許すことのみ。
罪は独りの罪ならず。全てが罪の責(せき)を負う者。

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