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2015年9月

2015年9月30日 (水)

平成19年(2007年)6月12日 人の傲慢さ(続き)

平成19年(2007年)6月12日 人の傲慢さ(続き)

気付かざるまま、年を経て、ますます強める、頑迷(がんめい)固陋(ころう)。
驕(おご)れる人こそ、省(かえり)みるべし。振り返るべし。恥じるべし。
人のことばに 耳貸せざらば、せめても己を鏡に写せよ。
そこに写れる 驕(おご)り、高ぶり。少しも気付かば、救いもあらん。
気付かぬことこそ、憐れむべし。
我執(がしゅう)の砦(とりで)に、自(みずか)らこもれる、迷える御魂を いかに救わん。
ことばの光に導かれよ。閉ざせる心の壁をさえ、ことばの光は、貫(つらぬ)き通さん。
凝り固まりし 迷妄(めいもう)も、雨水(うすい)が石を穿(うが)つ如(ごと)、ことばに啓(ひら)かれ、解き放たれん。
傲慢なるも、人の弱さよ。
愚かな者の陥(おちい)りやすき、罪なきあやまち、過失なり。
早くに気付くに 如(し)くはなし。
傲慢なるは心の束縛。心の重荷となるばかりなり。
自(みずか)ら捉(とら)われ、拘(こだわ)りて、己の首を絞めて苦しむ。

賢(かしこ)かるべし。聡(さと)かるべし。
人は己の人生を、身軽に生きて、長く旅せよ。さにて多くを学ぶべし。
神の願いもそこにあり。人の命が輝きて、生きる実りの豊かなれ。

さにて本日、傲慢の愚かさを教えたり。自(みずか)ら戒め、問い直すべし。さにて。

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2015年9月29日 (火)

平成19年(2007年)6月12日 人の傲慢さ

平成19年(2007年)6月12日 人の傲慢さ

神から人へ、人から神へ。
傲慢ばかりが幅利(はばき)かせ、この世にはびこる 今の世よ。
人の謙虚(けんきょ)さ、慎(つつ)ましさ、謙譲(けんじょう)、控えめ、譲(ゆず)り合い、さなる美徳は消え失(う)せて、
我(が)を張り、押し退(の)け、我(が)を通す。
さなるさもしさ、卑しさに、嘆きも空しき、侘(わび)しき心。
今のこのとき急がるは、人の豊かで崇高なる、かつての尊き霊性を、今再びに 呼び起こし、穢(けが)れを清め、曇りを祓(はら)い、
かつての眩(まばゆ)さ、輝きを、御魂の底から磨くことなり。
そのため、ことばは、ことにも大切。一つ一つの言霊が、御魂の曇りを、磨き、清めん。
傲慢なるも、愚かさ、浅さ、幼さ、低さの表われなれば、先ずは御魂の成長を。
徳の涵養(かんよう)、心の練磨(れんま)。
忍耐、忍辱(にんにく)、そもまた徳なり。
辛き体験、そに耐えてこそ、己の未熟さ、幼稚さ悟り、さにて真(まこと)の徳を得る。
人の傲慢、驕慢(きょうまん)は、人と比べて高きを誇り、我(われ)こそ神に選ばれぬると、自(みずか)らあやまつ 錯覚なり。
己に責(せき)を 求めることなく、
己の非をば 認めることなし。
あるは己の正義のみ。人に押し付け、従わせ、真理を曲げるの 不遜、慢心。
人の話を聞かぬはおろか、神のことばも勝手に解釈。
神意を離れ、人知に貶(おとし)め、陥(おちい)る独善、独尊、高慢。
人の哀(かな)しさ、哀(あわ)れさよ。

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2015年9月27日 (日)

平成19年(2007年)5月27日 厳しさについてのダウンロード

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2015年9月23日 (水)

平成19年(2007年)5月27日 厳しさについて(続き)

平成19年(2007年)5月27日 厳しさについて(続き)

凍(い)てる大地を温(ぬく)めるは、日の暖かさ、柔らかさ。
この世が乱れ、荒れるほど、厳しき裁きの ことばは要らぬ。
命をもたらす 自然を見よや。
一つの生命、命のために、惜しまぬ恵みを 与えざらんや。
授かる恵みは、余れるほどに、この世を富ませ、豊かに満たす。
人の心も かのように、自然を見習い、学ぶべし。
傷つき 病める 人の心は、瀕死の際(きわ)を 彷徨(さまよ)う魂。
さなる御魂を救うには、厳しさになく、優しさならん。
荒(あ)れて荒(すさ)みし、飢える心を、救うは、愛の光のみ。
愛の言霊、惜しみなく、渇(かわ)きし心に 降り注げ。
優しさ、愛を育(はぐく)むには、自然を師(し)とし、範(はん)とせよ。
太陽、大地、空気、水、そこにて生ける ありとあるもの。森羅万象、全てに愛あり。
自然の恵みは、目に見える愛。
見えぬ愛にも、気付くべし。
全てを創りし、神の愛。そに気付かずば、優しさもなし。
人は人のみ 見るになく、自然の全てに 目を向けるべし。
さにて 真(まこと)の智は育(はぐく)まれ、惑いも 悩みも 霧消(むしょう)すべし。

さにて本日、厳しさよりも 優しさこそが、今の時に必要なるを、伝えたり。
よく読み返し、御魂に収めよ。さにて。

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2015年9月14日 (月)

平成19年(2007年)5月27日 厳しさについて

平成19年(2007年)5月27日 厳しさについて

神から人へ、人から神へ。
互いの優しさ、厳しさは、当人のみの間にて、交流、交換、交替せるもの。
なれば人はお互いの、思いの強さ、熱さにて、優しさ、厳しさ、変わるもの。
人は相手を思うとき、少しの私情(しじょう)も挟(はさ)まぬは なし。全てにわずかの私意(しい)、私心(ししん)、私欲(しよく)も混じるが人間なり。
なれば人は 他人(ひと)に厳しく、己に優しく 甘くなるもの。
己に厳しく、強かるべしと、思えば思う、そのほどに、己に克(か)てぬ 弱さも露(あら)わに。
なれば人は、厳しさ捨てよ。他人(ひと)にも自己にも、優しくあれよ。
厳しさなるは、難(むずか)しきもの。相手のためと思いても、そはただ己の 独善 多し。
厳しさの奥の傲慢さ。己を他人(ひと)より上位に捉え、他人(ひと)より優(まさ)ると履(は)き違(ちが)う基(もと)。
人は全て、同等なり。愚かさ、弱さ、浅はかさ。
違いはわずかな程度の差のみ。なれど多くは、そにも気付かず。
人には厳しさ、強さより、優しさ、弱さが、宝なり。
怒りを鎮(しず)め、恨みを慰(なぐさ)め、
心を温(あたた)め、気持ちを休め、
弱さを支え、愚かさを愛(め)で、
全てを受け取る 広さ、大きさ。
涸(か)れて草さえ芽も出さぬ、砂漠の原に、潤(うるお)いを。
命を息吹(いぶ)かす源は、慈雨の情けの あればこそ。

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2015年9月13日 (日)

平成19年(2007年)5月26日 優しさについてのダウンロード

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2015年9月12日 (土)

平成19年(2007年)5月26日 優しさについて(続き)

平成19年(2007年)5月26日 優しさについて(続き)

明るく賑やか、元気なことばで、人を勇ませ、励ますもあり。
厳しく辛(つら)きことばにて、驕(おご)りや迷いを祓(はら)うもあり。
人の優しさ 厳しさは、表裏の関係、一体ならん。
人それぞれの 生い立ち、家族、心や体の状態により、常に変化し、一様ならず。
そを鑑(かんが)みるも 優しさならん。
己の独善、押し付けは、偽善ばかりか 害悪なり。
優しさ 養う、そは修行。
優しさ 行なう、そもまた修行。
真(まこと)の優しさ施(ほどこ)すは、至難の技なれ、間違いもあり。
なれど真(まこと)の優しさを、己の生のあるうちに、養い、育(はぐく)み、磨くべし。
そこそは 神の願いなり。
人の御魂の昇華(しょうげ)のために、欠かせぬ 人の徳性なるべし。
生まれし時の赤子は全て、己と他との別もなく、ただに己が中心なり。
そこから人は平等に、修行を始めて、年を経(へ)る。
死をば迎える その時までに、いかほど真(まこと)の優しさを、己の内に涵養(かんよう)せるか。
そもまた一つの 昇華(しょうげ)の標(しるし)。己の生の証(あかし)ならん。

さにて、本日、優しさの 意味の深さ、広さを教えたり。
優しさ、それは天性ならず。生きる生き方、そを映すもの。
なれば心し、よく生きるべし。さにて。

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2015年9月 7日 (月)

平成19年(2007年)5月26日 優しさについて

平成19年(2007年)5月26日 優しさについて

神から人へ、人から神へ。
人への優しさ、厳しさも、人への愛のあるならば、いずれも同じ、尊(とうと)きものなり。
人は独りで 生きるにあらず。互いに支え、支えられ、互いに助け、助けられ、それにて人は 多くを学び、
己の御魂が独りにあらず、全てが縁にて つながるを知り、さにて人の優しさに会い、人へも優しくなるを身に付く。

優しさというは 同情ならず。相手の御魂の成長を、促すように導きて、相手の苦しみ、悲しみを、共に感じて共有し、
共に苦難を乗り越えて、そにて手に入(い)る喜びを、さらにもまして祝い合う。
人から人への優しさは、いずれは己に返るもの。
他人も自分と同じと悟り、この世の縁にて 出会いしことも、神の意図ある結びと気付き、出会いを歓び、奉(まつ)り合い、
いかに親しく睦(むつ)び合い、いかに和やか、穏やかに、相手を尊(とうと)び、讃(たた)え奉(まつ)るか。
いさかうことなく、争うなく、相手を許し、認め、受け容れ、
互いの気持ちを 沿わせ合い、無理に己を 抑(おさ)えることなく、自然に我(が)を引き、悠揚(ゆうよう)たり。
円満莞爾(かんじ)と 温顔(おんがん)柔和(にゅうわ)に、
言霊 優しく、慎ましく、
その場を和め、気を清め、
心を癒し、光で満たす。
さなる行い、存在こそが、人の至高の優しさならん。
なれど人はそれぞれなり。全ての人が同じにあらず。

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2015年9月 6日 (日)

平成19年(2007年)5月22日 一霊四魂についてのダウンロード

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2015年9月 5日 (土)

平成19年(2007年)5月22日 一霊四魂について

平成19年(2007年)5月22日 一霊四魂について

神の願いを先ずは知り、この世の生まれ、創られし、その創世の始めより、一つの意図に形作(かたちづく)られ、進化発展せしことを、
神の恵みの全てを与えて、神の最後の傑作として、御魂を分かちて創りし人を、
神の慈愛の尊さを、
少しも人は思い至れよ。
儚(はかな)き命の間になき、悠久の時の流れの中で、今このときに生を享(う)け、呼吸を許され、命を営(いとな)み、体を保(たも)てる神の奇跡よ。
人の御魂の内奥(ないおう)にある、四つの働き、そを目覚ませよ。
曇り汚れは、清らに磨けよ。
それぞれ働き、相(あい)補(おぎな)い合い、人の役割、そを果たすべし。
生まれて生きるその意味を、十二分にも感謝して、全てが喜び、輝くように、自(みずか)ら光を発する魂(たま)なれ。
一つ一つの働かば、光はさらにも強まりて、地上の邪気をも浄め祓(はら)わん。
神の光の一部となりて、この世に神の光を広げよ。
遠くに光る星々の如(ごと)、離れているとも、光は変わらず。
無窮(むきゅう)の天の遠近(おちこち)に、神の慈愛は隈(くま)なく分かたれ、一つ一つが高貴ならんを。
なれば人も星なれよ。
一つも欠かせぬ、宇宙の宝石。神の眩(まば)ゆき慈愛に輝け。

さにて本日、人の御魂の奥に込めらる、神の祈りとその働きを、四つに分けて説明せしを。
日々の生活、暮らしの中で、いずれも忘れず活かすべし。時に応じ、場に応じ、人に応じて活かすべし。さにて。

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2015年9月 4日 (金)

平成19年(2007年)5月22日 一霊四魂について

平成19年(2007年)5月22日 一霊四魂について

神から人へ、人から神へ。
命のつながり、宇宙と自然、全てがつながり、一体なるを。
人は日々の暮らしの中で、自然を目にし、手に触(さわ)り、肌に感じて、舌に味わい、耳に楽しみ、鼻にかぐ。
さにて人は己の内に、生きる力を養い、高め、自然に生かされ、自然に相和(あいわ)し、浄化と昇華(しょうげ)を許さるる。
なれば自然の中に抱(いだ)かれ、母なる大地に足をつけ、そこから実る神の慈愛を、空気、水、日と、共に頂け。

人は人の御魂の中に、神から分けられ、与えられし、尊き御魂を備えるもの。
なればそこには神の全てが、祈りの全てが込められて、
人のなすべき天命として、命を預かる責(せき)として、一つ一つに書き込まれしもの。
一つは愛の御魂なり。人を愛して幸せ願う、他と己との一体なるを、素直に感じる御魂なり。
一つは勇気の御魂なり。己のなすべき本分を、十二分にも達するためには、厳しさ強さが必要なり。
なれば人は時に競い、己の弱さを克服し、他を許すことも勇気の一つ。そを込められし御魂なり。
一つは神の心に調和し、神の心を素直に映し、己の本分、天分を、神のお役に立てんと励み、神を求める御魂なり。
一つは神のことばを用い、神の祈りと人の祈りを、言霊にして広げ行く、神のことばを表わすための、広げるための御魂なり。
一つ一つが補い合い、それぞれ持てる役割を、全(まった)きまでに十分に、果たしてゆかば、霊行進まん。
いずれか一つも欠けたらば、そは霊行と高まり難(がた)し。

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2015年9月 2日 (水)

平成19年(2007年)5月19日 随神(かんながら)についてのダウンロード

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2015年9月 1日 (火)

平成19年(2007年)5月19日 随神(かんながら)について(続き)

平成19年(2007年)5月19日 随神(かんながら)について(続き)

神に頼りて、甘えるなかれ。神の慈愛は厳しくもあり。
神の慈愛は尊(とうと)く、畏(かしこ)く、人には測れぬ、無限の大きさ。
そに守られて生きるこの世を、思わば 何を恐るるや。
神の慈愛に溢れしこの世に、命を得(え)しこそ 尊(とうと)き縁なり。
一人一人が独りになく、どこまでつながる縁なれば、その縁こそを大切に、
地上人類、自然万物、銀河宇宙と一体なるを。
人の浅くて狭き目は、今しか見えず、自分のみ。
随神(かんながら)なる生を生きるは、先ずは己の我(が)から離れて、己の愚かさ、小ささを、神の視点で捉え直せよ。
随神(かんながら)なる生き方は、一つにあらず、人それぞれに、
銘々(めいめい) 備(そな)えし感性、知性、理性、徳性、霊性を、自(みずか)ら磨く生き方なれば。
無駄に思える努力も必要。地道(じみち)に歩(あゆ)む遠回りこそ、豊かな実りをもたらさん。
結果成果に目を眩(くら)まされ、徒労を厭(いと)うは嘆(なげ)かわし。
辛抱、忍耐、我慢の長さは、人の心を鍛える素なり。
さにて身に付く強さこそ、随神(かんながら)なる道へと続かん。

さにて本日、随神(かんながら)とは己の意志、自(みずか)ら考え努力するこそ、真(まこと)の随神(かんながら)なるを説き示したり。
これから後の参考とせよ。さにて。

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