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2017年4月14日 (金)

気仙沼だより(平成29年3月10~12日) (続き)

◎平成29年3月11日(土)(続き) 

●追悼式典
 午後は気仙沼市内の追悼式典に参加させて頂きました。
 ご遺族代表の男性のお話が胸に響きます。
 震災の日。津波に巻き込まれながらも橋の欄干にしがみついて難を逃れ、一晩過ごす橋の上。
 気仙沼市内で発生した火事や決壊した川の様子が地獄絵のように目に飛び込みます。
 小雪もちらつき出しました。落ちている発泡スチロールを砕いて服の間に詰め込み、寒さと闘います。
 襲い来る睡魔。
 「お父さーん! お母さーん!・・・」
 ご両親・奥様・子供たちの名前を、必死に叫び続けます。
 それでもいつか眠りに落ちます。目が覚めたとき、頬にはうっすら雪が積もっていました。
 “助かった!“
 安堵したのも束の間。生きて再会できたのは息子さん1人だけでした。
 “どんなことがあってもこの子を育て上げて見せる!” 
 そう強く心に誓われます。
 その息子さんも4月からは高校生。関東のほうに出て行かれるとか。
 “幸せとは家族の会話にあった。”
 6年間の父としての思いが込められた言葉でした。
 

●高台住宅
 式典の後、近くの高台移転の住宅(市営牧沢住宅)を見に行きました。
 舞根地区の住宅とは異なり、ここの住宅は全て同じ企画の戸建てです。
 規則正しく整然と並ぶ、マッチ箱のように同じ形の家々。
 まるで兵舎が並んでいるみたい。
 まだ誰も住んでいないので、カーテンのない窓から、家具も何もないガランとした家の中が見通せます。
 住宅地内の真っ直ぐな道路を、風が吹き抜けます。
 ここに移り住んでくる人たちの悲しみも、思い出さえも吹き飛ばし、寄せ付けないかのようです。
 それでもやがて、ここにも多くの家族が移り住み、それぞれに新たな思い出が積み重ねられていくのでしょう。
 

●慰霊
 夕方。
 今日最後の慰霊をさせて頂きます。S.Tさんの従兄弟さんの住んでいらした家の近くでの慰霊です。
 S.Tさんの従兄弟さんも、お子さん3人とお父様(S.Tさんの叔父さん)を亡くされました。
 家から数10メートルのところで、4人を乗せた車が見つかったそうです。
 愛する子供3人と父親を一度に亡くされるという測り知れない悲しみ。
 従兄弟さんはこの3月、高台移転の住宅地に再建した家へ移られたそうです。
 新居には思い出の柱も持って行きました。
 それは、子供たちの背比べの跡が記された柱です。

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