2017年7月 5日 (水)

気仙沼だより(続き)

気仙沼だより(続き)

◎平成29年6月11日(日)
●気仙沼市 大島への橋
 気仙沼市と大島を結ぶ橋を見学させて頂きました。これでずいぶん島の生活も便利になるのでしょうね。開通までには道路の建設などがまだ残っていますが、完成したら是非橋を渡って大島に行ってみたいです。
 

●気仙沼市 早馬神社さん
 午前中、正式参拝をさせて頂きました。
 参道の脇に、小さな平屋の建物を建築中でした。梶原忠利宮司様の叔母様である詩人梶原しげよ様のギャラリーで、その作品を展示されるそうです。落成式は今年の9月16日だとのこと。
 次回参拝するときに見学できますね。楽しみです。

http://hayama.jinja.jp/html/kajiwara%20shigeyo.html 

●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館
午後はK.Kさんのところに遊びに行きました。お弁当を買っていったら、K.Kさんも用意してくださっていました。いつものことながら、K.Kさんの楽しいお話を聞かせて頂きました。
 

今回も岩手県職員S.Tさんには大変お世話になりました。ありがとうございました。 

 これまでは町の変貌(嵩上げやそれに伴う山の切り崩し、防潮堤による景観の破壊、無機質な災害公営住宅の林立など)を嘆いてきた私ですが、考えてみればそれはよそ者の勝手な感想なのだと気がつきました。
 そこに暮らす方たちこそ主役なのです。住みやすく、いつかは帰ってきたいと思えるような町を再建していかれることを祈るばかりです。

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2017年6月30日 (金)

気仙沼だより(続き)

気仙沼だより(続き)

◎平成29年6月10日(土)
●陸前高田市・大船渡市見学と慰霊
 市内の防潮堤建設も進み、市内から海を見るためには少し高台に行かないと見えません。海沿いの2箇所で慰霊させて頂きました。

 陸前高田市には「アバッセたかた」、大船渡市には「キャッセン大船渡」というショッピング・モールができ、広い駐車場には何台も車が停められていました。どちらにも大手のチェーン店がテナントとして入っているようです。地元の方たちのお店は何件くらい入っているのでしょうか。
 ようやく買い物の楽しみが戻ってきたなら喜ばしいことです。一方で、震災前の町並みを懐かしむ方たちの声も聞きます。
でも数十年後には、この町を故郷として懐かしむ人たちの時代が来るのですね。
温もりのある町になってくださいますように。

●陸前高田市 O.Fさん宅
 約2年ぶりにO.Fさん宅に訪問させて頂きました。O.F.さんは、今まで拝見したことがないくらい、明るく生き生きされていました。
竹駒地区の仮設住宅の住民もほぼ全員、災害公営住宅に移られたとか。
 仮設住宅で一緒だった仲間たちが時々O.Fさんのお宅に遊びに来られるそうです。でも、その仲間たちは決して自分たちの新しい住居に来いとは言ってくれないし、住所さえ教えてくれないのだそうです。災害公営住宅では誰も表札を出していないとか。防犯のためというのではなく、別の理由があるようです。
 一緒に困難苦難を乗り越え、支え合って、本当の仲間だと思っていた人たちが、震災後、何故か急速によそよそしくなっていく…。その変化の理由がO.Fさんには思い当たりません。
 「私だって被災者なんだよ…」気丈なO.Fさんが目頭を押さえます。
共に助け合い、腹を割って話し合ってきたと思っていたけれど、心の中には、何か屈折した思いがあったのかもしれません。
当時は助け合わなければ生きていけないからと我慢し、抑え込み、溜め込んでいた思いが、抑えこむ必要がなくなった途端、一気に噴き出してきたのかもしれません。
 相手のためを思ってしたことも、相手にとっては負担になっていたり、有り難迷惑に思われていたこともあったのかもしれません。
 震災は人の心に様々な傷を残しました。その傷が完全に癒える日は来ないのかもしれません。

 仲間のことで涙ぐまれたO.Fさんですが、はっきり仰いました。
「私は今、とても幸せです」
 それは、聞いてくれる人、教えてくれる人、感謝してくれる人がいらしたからだと仰います。人との出会いは、自分で作り出していくものだとも。
 
「娘になってくださいね」O.Fさんに初めて言って頂いた言葉でした。
 帰り際、畑でできた新鮮なお野菜と、特産の椿油を頂きました。
 本当に、本当に、ありがとうございました。

●居酒屋 里さん
 夜は、気仙沼市内に数箇所しか残っていない仮設商店街のうちの1つ「酒場 里」さんへ。
こちらに訪れるのは3回目でしょうか。
 和服の女将さんが明るく迎えてくださいます。お店も満席です。
震災後はご主人と2人で切り盛りされているそうです。あまり無理をせず、時に温泉などに入って身体を休めたりしながら経営されているとのこと。お店も来年10月までだそうです。
それまでにはまた何回かお邪魔させていただきます!どうぞお元気で。

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2017年6月27日 (火)

気仙沼だより

(事務局より)

本日は、ひふみともこ先生が今月、東北地方へ東日本大震災の慰霊にいらっしゃいました際の「気仙沼だより」を3回に分けてお送りいたします。

ひふみ先生が気仙沼へ慰霊に赴かれることになった経緯などは事務局のブログ

http://irohahihumi.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-e8c1.html

をご覧ください。

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気仙沼の報告(平成296911日)

◎平成2969日(金)

 18時過ぎ、一関駅で岩手県職員S.Tさんに車に乗せてもらい気仙沼へ。18時半でもまだ昼間と同じくらい明るいです。

 19時半、ホテルでチェックインした後、市内の仮設商店街の居酒屋さんへ。先客は2人だけでした。そのお客さんもすぐに帰ってしまいました。

市内の仮設商店街はこの4月で軒並み解体。一方で、災害公営住宅の建設も終わり、夜の気仙沼市内の何もない広野の何箇所かに6階から13階建ての災害公営住宅(マンション)の外灯だけが目を引きます。入居率は約80%。全戸が埋まったわけではないそうです。

一見復興は順調に進んでいるかに見えます。しかし、復興に取り残され、新しい暮らしに切り替えられず立ち往生している人も大勢いらっしゃるのです。

震災直後、無我夢中で仮設商店街を立ち上げ、歯を食いしばり必死の思いで店を経営してきた56年もあっという間に過ぎ、町の復興(嵩上げ、道路の敷設、防潮堤の建設、災害公営住宅の建設、高台移転など)が進んでいく中、次の生活が全く見えない方たち…。

新しい店舗を構えることもできず仮設を追われ、今後の生活の見通しも立たないまま立ち尽くす方たち…。

震災はいまだに多くの方たちに、新たな難題を次々と突きつけているのです。

(続きます)

 

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2017年4月16日 (日)

気仙沼だより(平成29年3月10~12日) (続き)

◎平成29年3月12日(日)
 今日もすばらしい青空です。
 

●陸前高田市 O.Sさん宅
 市内で介護保険制度のケアマネージャーをしていらっしゃるO.Sさんのお宅へ。
 O.Sさんは、昨日はご主人様のお墓参りにご家族でいらしたそうです。
 昨年暮れ頃から体調を崩され、今は2週間に1度、盛岡市内の病院に通われているとのこと。
 ケアマネージャーのお仕事もある中、ゆっくり療養するのもままならないと思います。
 S.Tさんにだけは、本音で話すことができるのでしょう。
 家族にも話せない思いの丈を、S.Tさんにはぽつぽつと吐露されます。
  少しずつ胸につかえていた思いも軽くなり、気持ちが楽になってこられたようです。
  お暇(いとま)する頃には、顔色もよくなられたような気がします。
 暖かい春ももうすぐです。どうぞお体 お大切に。
 

●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館
午後はK.Kさんのところに遊びに行きました。お弁当などを買ってきて、おしゃべりです。
3ヶ月に1度、ただ遊びに行くだけなのに、いつも温かいお心遣いありがとうございます。
 

今回も岩手県職員S.Tさんには、大変お世話になりました。 

震災から丸6年。
被災地では、復興の名の下、嵩上げが進んでいます。
嵩上げに使われる土のために削られ、平らにされた山が、無残な土肌を露出しています。
海岸線の防潮堤も建設が進んでいて、海が見えなくなっている所もあります。
そんな中で目を引くのが、5~6階建ての真新しい災害公営住宅。荒野の中に立ち並びます。
山も川も海も 家も道路も、震災前とは全く異なる姿に変貌を遂げていきつつあります。
 

復興はどのような町を、この地に造り出していくのでしょう。
そこを故郷と思って懐かしむ人は、どれくらい残っているのでしょう。
思い出のよすがの消えた町。
戻っても、まぶたに残る自然も町並みもないその町を、故郷と思える人はどれくらいいるのでしょう。

故郷とは、昔のままにそこにあるもの。
幼い頃の思い出を、たちどころに蘇らせてくれるもの。
辛いとき悲しいとき、戻れば温かく迎え、包んでくれるもの。
それが故郷なのではないでしょうか。
 

5年後、10年後、震災の思い出を持たない新しい世代によって、新しい思い出が紡ぎ出されて、そこを故郷とする人たちが育っていくのでしょう・・・。

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2017年4月14日 (金)

気仙沼だより(平成29年3月10~12日) (続き)

◎平成29年3月11日(土)(続き) 

●追悼式典
 午後は気仙沼市内の追悼式典に参加させて頂きました。
 ご遺族代表の男性のお話が胸に響きます。
 震災の日。津波に巻き込まれながらも橋の欄干にしがみついて難を逃れ、一晩過ごす橋の上。
 気仙沼市内で発生した火事や決壊した川の様子が地獄絵のように目に飛び込みます。
 小雪もちらつき出しました。落ちている発泡スチロールを砕いて服の間に詰め込み、寒さと闘います。
 襲い来る睡魔。
 「お父さーん! お母さーん!・・・」
 ご両親・奥様・子供たちの名前を、必死に叫び続けます。
 それでもいつか眠りに落ちます。目が覚めたとき、頬にはうっすら雪が積もっていました。
 “助かった!“
 安堵したのも束の間。生きて再会できたのは息子さん1人だけでした。
 “どんなことがあってもこの子を育て上げて見せる!” 
 そう強く心に誓われます。
 その息子さんも4月からは高校生。関東のほうに出て行かれるとか。
 “幸せとは家族の会話にあった。”
 6年間の父としての思いが込められた言葉でした。
 

●高台住宅
 式典の後、近くの高台移転の住宅(市営牧沢住宅)を見に行きました。
 舞根地区の住宅とは異なり、ここの住宅は全て同じ企画の戸建てです。
 規則正しく整然と並ぶ、マッチ箱のように同じ形の家々。
 まるで兵舎が並んでいるみたい。
 まだ誰も住んでいないので、カーテンのない窓から、家具も何もないガランとした家の中が見通せます。
 住宅地内の真っ直ぐな道路を、風が吹き抜けます。
 ここに移り住んでくる人たちの悲しみも、思い出さえも吹き飛ばし、寄せ付けないかのようです。
 それでもやがて、ここにも多くの家族が移り住み、それぞれに新たな思い出が積み重ねられていくのでしょう。
 

●慰霊
 夕方。
 今日最後の慰霊をさせて頂きます。S.Tさんの従兄弟さんの住んでいらした家の近くでの慰霊です。
 S.Tさんの従兄弟さんも、お子さん3人とお父様(S.Tさんの叔父さん)を亡くされました。
 家から数10メートルのところで、4人を乗せた車が見つかったそうです。
 愛する子供3人と父親を一度に亡くされるという測り知れない悲しみ。
 従兄弟さんはこの3月、高台移転の住宅地に再建した家へ移られたそうです。
 新居には思い出の柱も持って行きました。
 それは、子供たちの背比べの跡が記された柱です。

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2017年4月12日 (水)

気仙沼だより(平成29年3月10~12日) (続き)

◎平成29311日(土)

 

 目が覚めると朝の太陽が部屋に射し込んでいました。 

暖房を切っていても暑いくらいです。 

真っ青な空を見ながら出発です。

 

●気仙沼市 早馬神社さん 

 午前中に正式参拝をしました。 

 時間的に余裕があるので、いつもより落ち着いて宮司さんたちとおしゃべりができました。 

 話題は、これからの復興について。 

 震災後の人口流出を心配されていました。 

 震災後に漁業を廃業された方も多いそうです。 

 日本全体に言えることですが、神社でも後継ぎがいなくて廃社するところもあるそうです。20年後には今の4割の神社がなくなるかもしれないというお話は衝撃的でした。

 ●舞根地区の高台移転 

 唐桑町の舞根(もうね)地区は、牡蠣仙人といわれる畠山重篤さんの出身地区です。この地区では防潮堤建設に地区の人が全員で反対して建設を免れました。地区の方たちは高台移転されたそうです。 

その移転先を見学してきました。 

山を切り崩して平らにした海抜40メートルくらいの高台に、新築の家が立ち並んでいます。20軒ほどでしょうか。どれもおしゃれな家ばかり。東北の漁村というより、都会の新興住宅地のようです。唐桑の民家の特徴である、少し反り返ったような赤瓦の屋根と立派な破風造りの家は見当たりません。 

 

●慰霊 

 気仙沼市内3箇所((宿浦漁港、大沢漁港、松岩漁港)で慰霊をさせて頂きました。 

 少々風は強く吹いていますが、海面はきらきら輝いています。 

 こうして慰霊させていただけることに感謝しながらの慰霊です。

 

(続きます)

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2017年4月10日 (月)

気仙沼だより(平成29年3月10~12日)

(事務局より)

本日は、ひふみともこ先生がこの3月、東北地方へ東日本大震災の慰霊にいらっしゃいました際の「気仙沼だより」をお送りいたします。3月11日は震災後6年という事で、色々なところで追悼式が行われていました。

ひふみ先生が気仙沼へ慰霊に赴かれることになった経緯などは事務局のブログ

http://irohahihumi.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-e8c1.html

をご覧ください。

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気仙沼の報告(平成2931012日)

 今回は310日(金)の夜から気仙沼に入りました。

11日は震災から6年目。追悼式典が各地で催されます。1112日の両日、震災から6年目であることを心にしっかり刻みつけながら、被災地の様子を見たいと思っています。

◎平成29310日(金)

 18時過ぎ、一関駅で岩手県職員S.Tさんに車に乗せてもらいます。気仙沼に向かって夜の道をひた走ります。いつもは気仙沼からの帰りに、夕景を眺めながら一関まで乗せて頂くので、今日は景色も違うし、ちょっと不思議な気持ちです。

 19時半、ホテルでチェックインした後、市内の居酒屋「ぴんぽん」さんへ。地元の人気店だそうです。

店の中はほぼ満席。入り口は狭いのに、店内に一歩入ると奥行きがあります。店の奥までお客さんがひしめいています。地元の方が多いのでしょう。店全体で盛り上がっている感じです。S.Tさんが予約をしていてくださったので入れましたが、そうでなければ入れなかったでしょう。

 刺身の盛り合わせには私の好きなアワビやホタテも。新鮮で歯ごたえがよく甘みもあります。11品が大体400円前後です。お店は熱気と活力に漲っています。

お客さんたちの屈託のない笑顔の裏には、様々な思いがあるのでしょう。

でも、今は今の時間を楽しむこと!

あれこれ余計なことに気を回してしまいがちな自分の背中を押されるような気がしました。

(続きます)

 

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2017年1月 9日 (月)

気仙沼だより(平成28年12月11日)

(事務局より)

皆様

あけましておめでとうございます。

本年もひふみともこ先生の公式ホームページをどうぞよろしくお願いいたします。

今年の初掲載は、ひふみともこ先生が先月、東北地方へ東日本大震災の慰霊にいらっしゃいました際の「気仙沼だより」をお送りいたします。ひふみ先生が気仙沼へ慰霊に赴かれることになった経緯などは事務局のブログ

http://irohahihumi.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-e8c1.html

をご覧ください。

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気仙沼の報告(平成28年12月11日)

◎平成28年12月11日(日)
 今回は前日(10日)夜、気仙沼入りしたので、11日は気仙沼パークホテルを9時に出発です。
 昨夜は小雪も降ったらしく、被災地の嵩上げした土地もうっすら雪をかぶっています。
 今朝の空は快晴。雲ひとつない真っ青な空に、雪化粧した室根山が美しく映えます。
 市内では次々新しい道路が開通したり、工事中だったりで、地元の人でも迷ったりすることがあるそうです。
 まだ何も建っていない、道らしき道もない(多分、地元の人でもよくわからない道があるのでしょう)雪の原っぱを車は走ります。

●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館
 9時30分、階上公民館へ。管理人のK.Kさんのところに遊びに行きます。
K.Kさんはもと漁船の船員さん。もう80歳近いのに、この間も夜釣りに行ってアイナメをたくさん釣ったとか。
今回もいろいろお話を聞かせて頂きました。ありがとうございました。

●慰霊
 高さ11.3メートルの防潮堤が、内湾の海岸と海との間に立ちはだかります。
海岸からは、防潮堤にさえぎられて、せっかくの美しい内湾の海や入り組んで重なり合う半島は見渡せません。
 景観を損ねるだけでなく、海の生態系への影響も心配です。
 日本人の古来受け継がれて来た知恵は、科学や建築技術の前では全く省みられることはないのです。
 気仙沼市内の3箇所(荒谷前海岸、石浜漁港、鮪立漁港)で慰霊をさせて頂きました。
 内湾の海は穏やかです。
太陽の光が眩しく照り付けます。
海面から照り返す日の光もまたさらに眩しく、目を開けていられないほどです。
冬の冷たい風の中、犠牲になられた御魂に感謝を込めて慰霊させて頂きました。
 

   
●気仙沼市 早馬神社さん
 年末で、宮司様はお留守でした。早馬神社さんでは年始のために各家に紙垂(しで)というのを配ります。その紙垂つくりは、いつも3月くらいから始められるとか。
 紙垂の種類は60種類ほどもあるそうです。作り方は代々宮司家で伝承するのです。
 歴史の重み、日本文化の奥深さを感じます。

今回も岩手県職員S.Tさんには、大変お世話になりました。
1日だけの短い滞在でしたが、慰霊もできて心が軽くなったような気がします。
慰霊とは、亡くなった方たちだけのためでなく、生きている者の魂も慰めてくれるのですね。
本当にありがとうございました

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2016年11月 6日 (日)

気仙沼だより(平成28年10月1,2日)

(事務局より)

本日は、ひふみともこ先生が先月、東北地方へ東日本大震災の慰霊にいらっしゃいました際の「気仙沼だより」をお送りいたします。

ひふみ先生が気仙沼へ慰霊に赴かれることになった経緯などは事務局のブログ

http://irohahihumi.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-e8c1.html

をご覧ください。

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気仙沼だより(平成281012日)

◎平成28101日(土)

 4ヶ月ぶりの気仙沼。今回は夫とワンコ2匹で参りました。この2週間ほどずっと雨模様だったので、秋晴れの空はことのほか高く爽やかに感じます。

●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館

 930分、階上公民館へ。管理人のK.Kさんが迎えてくださいます。

 秋は文化的な行事が多いせいでしょうか、公民館の利用者もいつもより多いようです。K.Kさんも、しょっちゅう席を立ちます。

 今回はK.Kさんが若かりし頃、神宮球場で野球をしたことがあることをお聞きしました。

小学校4年生のときから3年ほど東京に丁稚奉公に出たそうです。他にも何回か東京に働きに出たそうですが、当時の町の名前、路地の名前、駅の名前、人の名前。まるでつい最近まで何十年も住んでいたかのように細かく覚えていらっしゃいます。いつものことながら、記憶力のよさには舌を巻きます。

辛かったことや楽しかったことを話すとき、遥か遠くを見晴るかすようなK.Kさんの目を見ているのが大好きです。

●慰霊

 気仙沼市内2箇所(旭崎、大谷海岸)で慰霊をさせて頂きました。

 秋晴れの元、津波が襲ったことが嘘のような穏やかな海です。

(続きます)

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2016年7月24日 (日)

気仙沼だより(平成28年6月11,12日)

(事務局より)

本日は、ひふみともこ先生が先月、東北地方へ東日本大震災の慰霊にいらっしゃいました際の「気仙沼だより」をお送りいたします。

ひふみ先生が気仙沼へ慰霊に赴かれることになった経緯などは事務局のブログ

http://irohahihumi.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-e8c1.html

をご覧ください。

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気仙沼だより(平成28年6月11,12日)

◎平成28年6月11日(土)


 14時半、気仙沼に着きました。月命日の今日、久々に慰霊ができればと思います。また、ご縁のある方たちにもお会いしたいと思います。
 
●陸前高田市 ケアマネージャー O.Sさん
 陸前高田市内で介護保険制度のケアマネージャーをしているO.Sさん。今回で3回目の訪問です。
 O.Sさんは震災の津波でご主人を亡くされました。震災後2年間は周囲の人が声をかけるのも憚(はばか)られるようなご様子だったとか。今でも決して晴れやかな笑顔ではありませんが、お話の端々で顔に笑みが差します。ご主人の武勇伝ともなると、笑い声さえ立てながらお話になります。
 生前のご主人を懐かしく思い出せる時を、取り戻されつつあるのかもしれません。
こうして訪問することで、少しでもそのお手伝いができればと願うばかりです。

●慰霊
 陸前高田市内(脇ノ沢漁港・長部(おさべ)漁港)で慰霊をさせて頂きました。
海岸では10メートル以上もある防潮堤が完成間近です。もう海は見えません。
高田の松原は復興されることはありませんでした。
松原は思い出の中の風景となりました。

 復興の掛け声の下、急速に変貌していく町、海、山。
思い出や記憶のよすがは殆ど失われています。
被災者の時間は、被災者それぞれに、時計とは別の速さで流れています。

◎平成28年6月12日(日) 


●気仙沼市 階上(はしかみ)公民館
 9時、階上公民館へ。
 公民館で管理人をされているK.Kさんとおしゃべりしました。
K.Kさんとおしゃべりしていると、気持ちが大きくなります。つまらないことをくよくよしている場合じゃないと目が覚めます。
荒波の中で、苦労を苦労とも思わず生き抜いてこられた方のお話を聞いていると、自分ももっと深く濃い人生を送りたいという勇気が湧いてきます。

●慰霊
 気仙沼市内(浦の浜漁港、松岩漁港、大浦地区)で慰霊をさせて頂きました。
海辺には釣りをする人の姿もちらほら見られます。
のどかな初夏の海辺です。
あと数年も経てば、海水浴を楽しむ家族連れも現れるのかもしれません。
それが当たり前の光景になる時は、そう遠くないのかもしれません。
  
●気仙沼市 早馬神社さん
 15時近く、早馬神社さんに参拝しました。
梶原忠利宮司さんと奥様に迎えて頂きます。
ウグイスやホトトギスの声が、間近に聞こえます。
少し傾きかけた太陽の木漏れ日が、金色の光線となって射し入ります。
宮司様、奥様の穏やかな笑顔に見送られて、神社を後にしました。

今回も岩手県職員S.Tさんには、大変お世話になりました。
短い訪問でしたが、中身はぎゅっと詰まっています。
どうもありがとうございました。

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